振り返らなかった。

だけどどんな表情をしているのかは想像できた。いつもの表情を微塵も崩すことのないまま、冷たい漆黒の瞳を静かに俺に向けているだけ。



「お前の気持ちが俺にわからねえならそれでいい。

理解できなくとも話ぐらいは聞いてやる」



返事はせずに、部屋を出る。

ぱたんと閉ざした扉の向こうからは何も聞こえてこない。……完全な八つ当たりだった。



「……クソガキかよ」



自分で自分を貶して、チッと舌打ちする。

普段軽い夕帆のことだから、どうせアイツらすぐに関わってくんじゃねえかななんて思ってたけど。宣言通り、いつみと夕帆が関わってくることはなくなった。



偶然家のそばで鉢合わせても、俺がふたりを完全に無視した。

夕帆は何か言いたげに俺を見てきたし、いつみはやっぱりあの瞳でじっと俺を見てきたけど。



世界は俺を中心に回ってる。

捨てた代償が大きければ、その代わり手にするものも大きかった。6年分の努力を捨ててしまえば、結末は存外あっけなかった。




朽ちていくのは早い。

俺の髪色は翌年には色を抜いた派手な金髪になっていたし、両親も教師も途中であきらめたように何も言ってこなくなった。



同じような目で、俺を見てくるけど。

責めるようにも怒ってるようにも呆れたようにも見える、なんとも言えない目。



相変わらずあのふたりは絡んでこない。

噂といえば、あの大企業八王子のお坊っちゃまたちが有名私立中学に入学したとか、そんなもん。気づけば"珠王さん"の話は、消えて無くなった。



「莉央ー。このあと授業サボろ?」



「サボって何すんだよ」



「えー、サボってふたりですることなんかひとつしかないじゃんか〜。

今日ね、保健室のセンセー休みなんだって」



だからいいでしょっ?って。

抱きついてくる女。どんだけグロス塗りたくってんだよって思うぐらい光るくちびるが「ねえ莉央」って甘ったるく俺を呼んで、「仕方ねーな」って乗ってやる。