「……落ち着いた?」



顔を覗けば「うん」ってうなずく呉羽。

ぎゅっと抱きしめてから身体を離すと、呉羽は赤くなった目を細めて困ったように笑う。どう切り出せばいいのか困っているらしい。



「……さっきのは俺も悪かった。

本妻がどうのこうの言ったけど、俺は青海さんのことだって好きだよ」



呉羽と瑠璃と翡翠の、大事な母親。

俺と同じ事実を呉羽が知ったとき、しまったと思った。だけど今まで何も言えなかったのは、母親がふたりいることについて、呉羽がもし否定的な発言をしたら。



俺の思いとすれ違ってしまうことに、勝手に怯えていただけで。

「俺も彩さんのこと好きだよ」って笑う姿に嘘がないことに、心底ほっとした。



「……本当は、もっとはやく言おうと思ってたんだけど。

いままで俺が黙ってたこと、いま言うわ〜」



ぬるくなってしまった炭酸は、もう既に美味しくないだろう。

それでも今の俺らには、きっとそれぐらいの生ぬるさでいいと思う。




「俺の名前、『椛』だけど。

本当は、色に羽って書いて"いろは"にしたかったんだと」



「……あ、そうなの?」



「ん。ただ、並びのバランスが悪いからって、結局一文字になったんだけどな〜。

……お前の名前は『呉羽』だろ?」



「うん。そうだね」



中1になって、父さんを問い詰めたあの時。

俺が父さんから聞いた、俺ら兄妹の名前の話。そこにはやっぱり、父さんの痛いくらいの愛情しか、ふくまれていなかった。



「『瑠璃』『翡翠』は宝石で、『色』の名前でもある。呉羽の『羽』は、俺の元の名前の漢字と一緒。

……俺の名前を中心にして兄妹の名前はちゃんと繋がってる。それに、」



"『瑠璃』と『翡翠』は宝石で、原石を磨くことで美しさを発揮する。

それと同じように名前のつながりを知った時、家族が『色』『彩』豊かな『羽』で『青い海』へと美しく羽ばたいていけますように"。