「その、透真君も鵺も鳩も、私の恋人やらボーイフレンドやら婚約者ではないからね。死んでもない」
「そうですか」
「ついでに言うと、裏表があって腹黒い渡辺君の本性は面白いと思うけど卑怯だから友達になるのも無理かもしれない」
「そ、そうですよね。そう。……俺、何もしてないのに健太くんたちが行事がある度に俺のせいにするから、どんどん見た目だけでも良い奴を演じて嫌われないようにしてきたせいで、こんな卑怯な性格になってしまった」
 項垂れてへなへなとトラックの荷台に倒れこむ渡辺君は今にも泣きだしそうで同情してしまう。
「健太君は私が殴っといてあげるわよ」
「比奈さんは、――優しいし儚いのに凛としていて強いよね。具合が悪くて遅刻してても、泣きごとも言わないし、強い」
 儚いのに凛として強い?しかも今日の私の行動の中に一粒でも優しさがあったのか自分でも疑問だ。
「私は優しくも綺麗でもないよ。ちょっとだけ人より心が折れそうな日常を過ごしてきたからひねくれただけ。でも渡辺君は大丈夫だよ。今まで痛みを知った分、人にやさしく出来そう」
「……比奈さん」
「貴方が本当に雨男なのか、巫女さんに見てもらおう」
 学ランの上を掴むと、顔を真っ赤にされて固まられた。私相手にそんな反応されても、こっとが気まずいと言うか恥ずかしいと言うか。
「まあ。初夏秋冬を此処へ連れてきてしまったのですね」
「菖さん」
 巫女姿で現れた菖さんは、私の首で落ちつかないでくるくる回っているひととせちゃんを見て、溜息を吐くと巫女の袖口を反対側の手で押さえてから手を差し出した。
「おいでやす。遊馬さんならとっくに旅立たれましたよ」
「あらら。残念。月日が経つのは早いですね~」
 私がそう言うと、ひととせちゃんは静かに菖さんの手の飛び乗って頬を擦り合わせる。
「まあ。裏の花畑に土足で踏み入って荒らした方を探しだしたの?」
 びっくりした顔で菖さんは渡辺君を見る。どうやら菖さんもひととせちゃんと会話が出来るらしい。意思の疎通と言うのだろうか。菖さんとひととせちゃんはお互いを見つめて、お互いの記憶を共有しようとしている気がした。
「雨男ってあだ名が付けられてるんだけど、本当なの?」
「嘘です。そんな今の時代に災厄だのしきたりだの迷信に近いです」
 菖さんはきっぱりと渡辺くんの不安を否定し振り払ってくれた。そして奥の花畑へ案内する。
「それでも気になるのでしたら、昔貴方が荒らしたあの花畑に御水を捲いて下さいな。その昔。心を痛めて泣いていた水神様に、うちの神社の子狐がお花を贈って心を癒した逸話のある花畑です。二人の思い出の地だから決して荒らさないで下さいね」
「はい。すいません」
 渡辺君が向かう先には、ひととせちゃんも飛び跳ねながら喜んで向かっている。この地がやはりひととせちゃんにはぴったりだと思うのだけれど、遊馬くんが帰るまでは、此処に居たら神様に連れていかれてしまうもんね。
 するとバアンと風船が割れるような爆発音がする。三人が向き合っている方角からだ。
「ねえ、渡辺君。貴方が雨男ではないと私も信じてるけど、もし水神様に会ったら伝えて。今すぐどしゃぶりの雨を降らしてくださいって」
 手をぶんぶん振りながら渡辺君の叫ぶと。彼は吹っ切れたようにガッツポーズをしてくれた。
「何の音!?」
「セーフティーレバーをしてたから暴発せずにすんだ音だよ」