「渡辺っ てめー、男らしくねえぞ。文句があるなら自分の拳で言ってこい」
「そうだ。ならばお前にももう一つ銃をやろう」
「うるさいうるさーい! 透真キャプテンなら比奈さんの幼馴染だし野球部の先輩として憧れてるし、でも、でも後からきた顔だけ良い奴なんかに俺の気持 ちが分かるか!」
 渡辺君は漸く右手を握り締めたまま走りだした。
 屋上の上は、混沌とした世界になってしまった。鵺に向かっていく渡辺君、渡辺君に掴みかかる透真君、透真君を押さえようとする鳩、拳銃を差し出す無表情な鵺。
 一体、何をどうしたらこんな状況になってしまうんだ。
「お前、祟られているのだからさっさと雨でも降らせてみろよ」
「鵺」
 鵺の鋭い言葉は渡辺君の表情を引きつらせた。渡辺君は拳銃を受け取らず、そのまま拳で鵺を殴った。
「お前ら、何をしてるんだ! その手のモノはなんだっ」
 梶原先生が鵺の開けたドアから出てきて此方へやってくる。改造銃はもう、流石に良いわけはできない。渡辺君が殴った瞬間も目撃したかもしれない。色々と一番最悪な時に先生が現れてしまった。
「決着は此処じゃなくて、姫神神社でつけよう。そうすれば、私、渡辺君のことも菖さんに頼めるかもしれないし」
「鳩、三人がとことん喧嘩できるように頼める?」
「了解っす。ちょうど、そこにトラック止めてるんです。おじいさんからお借りしまして」
「じゃあ頼んだね」
 鳩が三人をぞろぞろ連行していく中、梶原先生の方を見た。
「この町で、一番嘘が無い匂いをしてます。でも煙草が掻き消してるから気を付けて下さいっす」
 一瞬ぽかんとしたけれど、梶原先生はすぐに咳払いして鳩の肩を掴もうとした。「いや、待ちなさい、か――」
「先生、止めないでよ」
 トン、と秘め百合の鞘で先生の手を叩くと、私を見下ろした。
「お前たちの喧嘩の原因は一体なんなんだ?」
 頭を抱える先生に、私も苦笑してしまった。
「仕方ないんだよ! 私たちの敵は私たちでも分かってないし、目に見えないんだもん。目に見えないから臆病になって攻撃してしまったり、嘘吐いて自分を守ってしまったり。言えないんだもん。言っても、目に見えないんだから」
 その言葉に皆がそれぞれの思いを胸に、帽子をかぶり直したり銃を仕舞ったり、ふらりと跪いたり。――私の頭を優しく撫でてくれたりした。
 そう。私たちは今、やみくもに犯人を探そうと暴れまわってるだけなんだ。
「光った」
「光ったね」
 トラックで帰宅しながら、ゴロゴロと波打つ空から、流れ星のように雷が落ちてきだした。私と鳩と透真君は空を見上げてただただそう呟くだけだ。運転は何もしらないうちのお爺ちゃんがしてくれている。
「これはきっと雷神様が怒ってるんじゃないかな」
「いや、きっと笑ってるでしょ」
「笑ってるっすよ。余りにも俺たちが馬鹿みたいな争いをしているからね」
 姫神神社の入り口の鳥居に到着した瞬間、透真君が一番に飛び降りた。それに続いて鵺が音もなく上品に降りると、鳩が恐る恐る情けない姿で降りていく。「渡辺君」
「はい」
 死刑囚のようなうなだれた姿の渡辺君を見てなんだか申し訳ない気持ちが生まれたけど、誤解されないようにいっておく。