登り終えた私は屋上の入り口のすぐそばに立つ。大きな渡辺君には頭二つ小さいけれど、怯むことなく睨みつける。
「良い恰好ばかりしてるから、心に我慢した気持ちが燻っているんじゃないの? もくもくと燻った煙が見えるよ」
「比奈さん、――俺、その本当は、俺、俺、君のことが」
 茹でタコみたいになった渡辺君は、それ以上何も言わず下を見てもじもじと両手を遊びだした。待っても待っても言葉が出てこないので、腕組して待ってみたが何も言わない。
「オーケー。この銃の引き金を弾けばいいんだな」
「一つは本物。もう一つは自分の手を痛める偽物だ」
 は?
 もじもじ君を放って、向こうでは――。拳銃を二丁持って佇む鵺と、仁王立ちの透真くんが立っていた。
「ちょっ 何をしてるの! それ! 全部回収したんじゃなかったの」
「げ、うるせーのが来たよ」
「比奈、男の戦いに邪魔をするな」
 二人が走りだした私に来るなと手を押し出した。
「冗談止めてよ。鵺も停学明け初日だし透真君だって大学推薦あるし、その銃だって怪我したら部活大変じゃん」
「そんなの分かってる! 止めるなって俺は言っただろーが!」
 透真君は、静かに瞳を燃やしながら鵺の持つ銃を一つ手に取った」
「何でそこまで鵺が気に食わないの。鵺だって不器用な所があって、透真君は誤解してるよ」
「俺は、自分のことで鵺を許せないわけじゃない。渡辺にこいつは何と言ったと思う?」
 拳銃をくるくると回しながら一歩も引く気がなさそうな透真君と、飄々と銃を自分の肩のショルダーに置く鵺。一体何だっていうのさ。
「鵺、あんた一体何を言って怒らせたの」
「別に悪い意味で言ったわけじゃない。渡辺が水神を怒らせてるから呪われているとか言っただけだ。そう俺には見えたんだ」
「えーー!」
「比奈には見えないのか? あいつ、祟られてるぞ」
 渡辺君を見ると、ひととせがまわりをくるくる回っているだけ。けれど、空がごろごろ今にでも雨が落ちてきそうだ。
「で、渡辺君は何で透真君にやらせたの? 自分で言い返せばいいじゃない」
「渡辺は笑って流そうとしたが俺が許せなかっただけだ」
「私は渡辺君に聞いてるんでしょ!」
「うるさい。男の喧嘩にお前が口出すな。鵺は、肩が当たっただけで俺のツレと喧嘩もしてるからな。言い訳はもう聞かん」
 カチャっと銃口を躊躇いなく鵺に向けた。鵺も躊躇うことなく透真君に銃口を向けている。私も、――私も背中から秘め百合を抜いて構えた。
「もう怒った。どっちも私が再起不能にしてやる」
「比奈さん、無理だよ。体格的にも君は――っ」
「意気地なしは黙ってろ」
私の怒鳴り声に、渡辺君は驚いて両手を上げた。
「クラスメイトに馬鹿にされても笑って流せる貴方は大人じゃないわよ。透真くんがこんなに頑張ってるのに、守られてぬくぬくして、恥ずかしいと思った方が良い」
「比奈さんっ」
「それにきっと、鵺の言ったことは正しいよ。鵺は純粋で悪気が無い分、自分から出ている悪意にも気づいていないみたいだけど、見えてるんでしょうね。私たちが見えていないものが」
「それ、両方偽物だったらどうします?」