「透真くん、傘持ってる?」
「んや。降んの」
「預言者のおじいちゃんが言ってたよ」
「だからボケてるだけだって」
 透真くんは身内に厳しすぎる。
「透真くん」
「ん?」
「日本ってピストルとか手に入らないよね」
「……」
 無言で額に手を当てられた。熱があると疑われたようだ。
「透真くんは強いけど、犬とか大人数とかにだけじゃない? ピストルの弾をバットで打ち返すとかできないじゃん?」
「お前、発想が面白いよな。バットで弾が見えるようになったら俺はホームラン王だ」
 ピストルの弾が見えなくても、中学時代、野球の最後の試合が終わった後に、部活の為に我慢していた喧嘩を派手にし、指定校推薦を受けられなかった伝説はある。六人相手に自転車を乗り回しバットを振り回し、一人ひとり頭突きで眠らせた好青年だ。好青年のかけらもない。これならば、鵺に勝てるかもしれない。希望が見えた。
『お前、小さいから下の空気しか吸えないんだろ。塀の上でも歩けよ』
 私が塀の上を走るようになったのは、この無茶苦茶なガキ大将のおかげだったのをたった今、思い出した。ひょいっと塀に登りながら、タイツを履いていて正解だったと、朝の自分を褒めてやった。
 家までの帰り道、まだ空は曇っているが頑張ってくれていた。代わりに姫神神社の塀を上っているときに、妙な広いものを見つけてしまった。
「なんか、鳥居の下に落ちてる」
「は?」
 塀から飛び降りて、鳥居の下に向かう。姫神神社は、その昔、広瀬淡窓に枕元で学業を教えていた姫神を称える小さな神社で、学業と姫神の美しさから縁結びの効果もあるとかないとか。キツネみたいな細い目の嘘くさい神主さんと、いつも箒で掃いている年齢不詳の巫女さんしかいない。この巫女さんは、秘め百合が見えていて私が通ると、その刀をじーっと見ている。が、今日は二人とも見えず、落ち葉がかさかさと風に音を立てている。
「おい、何か落ちてるってそれか?」
 屈んで私が見ていたのは、小さなキツネ。ふんわりわたあめみたいな尻尾で体を守るように縮めているこんな処に狐って。狐って噛むと狂犬病が云々言わなかったかな。弱っている狐に手を出そうか迷っていたら透真君が先に拾い上げた。
「この石がなに?」
「石ころ?」
 どう見ても、もふもふした狐にしか見えない。
「違うの? あ、ご神体とか? うわ。触った。罰当たらないだろうな」
 お地蔵さんに悪戯して、自分に向かってきた男の子たちの赤白帽をかぶせて笑っていた透真君ならば、罰が当たっても気づかないと思う。
「貸して」
 私が掬い上げるように両手で持つと、狐は息が荒く寒いのか体を震わせているのが見てとれる。
「お前には何に見えてんの?」
「えっ」
 急に核心に触れられ、明らかに動揺してしまった。私だけ狐に見えてしまっているのならば、透真君はどう思うのだろう。
「えっと、形が狐に見えたの」
 嘘、ではない。嘘かもしれないけど。自分で思って自分で突っ込みを入れる程度には、混乱していた。
「ふうん。まあ、見えなくもないかも」
 単細胞な透真君で助かった。それ以上は深く聞いては来ない。代わりに鼻の頭に水が落ちてきた。「
にわか雨だっ」
「やっべ。制服濡れる」