私は今日も刀を振り回す。鳩の音も、鵺の音も、私には聞こえてこないから。遅刻はしなかったものの、やはり年若い男女二人が同じ屋根の下かと思うと、よく眠れるはずなんてない。嘘だ。友達に借りていた漫画を読んでいたら、宿題に手を付けていなかったのを思い出し、寝袋で眠っていた鳩を叩き起こしてやらせた。
 昼休み。梶原先生に「お前の字にしては上手すぎる」と宿題のプリントのやり直しを言い渡され、テンションが愕然と下がってしまった。鳩には、私の字面を真似させる練習をしなければ。
「比奈」
 職員室から戻り教室へ向かうと、友達の愛(あ)海(み)と話している三年生の男子の姿をあった。スリッパの色が青なのですぐに分かった。愛海は教室の扉ごしでその人と話していたが、私を見るいなや手を振る。愛海は、メガネにショートカット、鼻には雀斑を咲かせたけオシャレっ気のないスポーツ少女だ。その愛海が、三年の男と話しているのはちょっと珍しい。
「比奈ってば、先輩が待ってるんだからもっと急いでよ」
「あれ、梶原先輩だ」
 うちのクラスには『梶原』姓が四人いて、愛海もそうだし、担任もだ。『梶原』と『諌山』それにたまに『吉良』。この名字は常にクラスに3~5人はいたりする。日田だけなのだとしたら、全国テレビが来たときに教えてあげるのに。
 んで、梶原先輩は、隣のおじいちゃんの孫だったりする。ずっと野球ばっかりだったので、未だに髪が坊主に近い短さだ。小さい頃はよく一緒に遊んでいたから、今も普通に声をかけてくれる。
 でも、三年になってからたまに不良みたいな軍団の中心人物になっていたから今日は一人でいるのがちょっと違和感を感じる。
「他人行儀やなあ。透(とう)真(ま)って呼び捨てていいばい」
「あんま馴れ馴れしいと、先輩のファンが怒るんで」
 今年の夏は、透真先輩が甲子園に連れて行ってくれると女子たちも騒いでいる。短い髪で真面目な好青年を装っているが、うちの駄菓子屋の万引き常習犯だったんだから悪ガキだ。
「お爺ちゃんのこと? 長くなるならお弁当食べながら話すけど」
 今日は、昨日のカレーの野菜を少し避けてもらい、豪快な肉野菜炒め弁当なので食べたくてお腹が震えている。愛海も付き合ってくれているが、パンを片手に食べながら聞いている。
「や、爺ちゃんは本当にぼけてるんだろ。今度県の職員が訪ねて、認知症の程度調べて、酷かったら老人ホーム行きって母さんが言ってたぞ」
「流石におばちゃんも毎日は大変だもんねー」
 というか、透真先輩はよく泊まりに来てたけどおばさんは泊まったところを見たことなかった。
「まあ爺ちゃんのことは、ばあちゃんの葬式ぐらいから覚悟してるんだ。俺が言いたいのは、写真館のあいつだよ。鵺とかいう妖怪みたいな名前の妖怪」
 妖怪みたいな名前の妖怪。
「つまり、鵺は妖怪?」
 だから斬れたのか。
「あのな、飛躍すんな」