ボクはキミの流星群

なんだか幸せな気分になって目覚めたので起き上がってみると、全く知らない景色がわたしを取り囲んでいた。

いったいここはどこ?

壁にある時計は六時を指していて、窓から差し込む明かりから今は朝だということがわかる。

のそりとベッドから降りてから大きくのびをした。

カーテンを開けて太陽の光を浴びると、なぜか自然と自分の顔に笑顔が浮かんだ。

そして、どこなのかわからないこの部屋を見渡してみる。

ここはなかなかの広さの部屋だけど、置かれた家具は少なく、壁も真っ白で雑貨はひとつも置かれていなかった。

まるで引越ししたての家みたい。

閉ざされているドアのノブもピカピカで、まだ誰も触ってないみたいに綺麗だった。

わたしはそのドアノブを掴んで部屋の外に出てみた。

目の前には長い廊下があって、その先には階段が。

まるでテレビでよく見かけるモデルルームみたい。

その長い廊下にも傷一つなくツルツルで、窓から差し込む光に照らされていた。

廊下をゆっくり歩き進めると現れた階段。

階段もツルツルで、気をつけて降りないと滑って転んでしまいそうなほど。

わたしは手すりを掴みながら慎重に降りて行った。

すると、下の方から音が聞こえてきたのだ。

カチャカチャとお皿の擦れる音、チチチというコンロの音。

きっと誰かが朝食でも作っているのだろう。

わたしはその音のする方へと足を歩ませた。

「あら、星夜。おはよう」

その音はやはりキッチンからの音で、そこでお母さんが料理をしていたのだ。わたしの予想的中。

「おはよう。ここがわたしたちの家?」

わたしは冷蔵庫からお茶を取り出しながら聞いてみた。

「ええ、そうよ。そういえば昨日ね、帰りの車で星夜寝ちゃったから大変だったのよ。疲れきってて起きなくて、無理矢理ベッドに寝かしたの」
「お母さんがしてくれたの!?」

お母さんはクスクスと楽しげに笑ってフライパンを揺らした。

そういうことだったんだ。わたしが知らないうちに運んでくれたんだ。

「ありがとう」

わたしはニッと歯を出して笑ってみせた。

単純に嬉しかったし、別にそれは作り物の言葉じゃない。本当に思っていること。

本音で「ありがとう」って言えるなんて、わたしにはあまりなかったことなのに。

本当に再会できてよかったな。

「この家って新居なの?」

わたしはコップにお茶を注いでから一口飲んだ。

「うん。あの災害があってから引越したの」

お母さんは少し悲しそうな顔をして、焼きあがったウィンナーをお皿に並べた。

「だけどね、星夜がいなくなったから一軒家に住むことはやめて、マンションに住み移ったの」

すると、お母さんは炊飯器の蓋を開けてしゃもじでたくさんの米粒を掬った。

「そのマンションには何年間も住んだけど、ある時突然星夜と出会える気がしたの。本当になんとなくで、根拠も何もないんだけど。だけど確実な気がして、広い一軒家に引越したら本当に出会えたの」

お母さんはまた微笑みを浮かべてわたしを見つめた。

「運命だね」

わたしは嬉しくて嬉しくて、どうしてなんだろうとかどういう意味だとかそんなことは考えなかった。

理屈もなく、根拠のないもの、それは運命。

わたしたちが再会できたのは、運命の関係になったから。きっとそうなんだ。いや、そうでしかないよ。

お母さんは楽しそうにお皿をリビングに運んだ。

わたしも自分の分をリビングのテーブルに並べてから、椅子に座った。

「おお、おはよう」

お父さんは、まだ寝癖がついたままの髪の毛をかき回しながらリビングに登場した。

家族全員揃っての朝ごはんだなんて久しぶりで、ワクワクするしドキドキもする。

「いただきます!」

三人は声を揃えて手を合わせた。

お母さんの作る朝ごはんはいつぶりに食べるのか。

本物の愛情がこもったこのご飯をしっかり食べよう。何度も何度も噛み締めて。

わたしの目からは無意識に涙がこぼれ落ちていた。

「美味しい……」

お母さんの作るご飯は世界一美味しい。それにきっと間違いはない。

こんなに美味しい食べ物、今まで食べたことないもの。

「美味しい……美味しい!!」

完食するまでわたしの涙は止まらず、お箸の動きも止まることがなかった。
「今日は晴れている地域が多いようですね」

リビングに置かれたテレビには、驚いた顔でコメントをするアナウンサーと、それに共感して頷いているアナウンサーの姿が映し出されていた。

わたしも確かに、と頷いた。

昨日は警報が出るくらい雨が降っていたのに、今日は快晴と言えるくらい太陽が元気よく顔を出している。

「星夜、今日は何か自分で予定決めてる?」

テレビに吸い込まれそうになっていたわたしに、お母さんが優しく尋ねてきた。

予定か……

「……前住んでた家に荷物を取りに行こうと思ってるんだけど……」

あの家には大切な望遠鏡だって置いてあるし、ピロだってひとりで淋しく待っているはずだ。

とても気まずいけれど行かなきゃいけない気がするんだ。

お母さんは苦笑いをして、首をこてんと傾けた。

「いいわよ。それは星夜一人で行った方が良さそうね」

そうだよね。
だって全く他人の『おばあちゃん』がいるかもしれないし。

それにピロも家に残っているわけだし、わたし一人じゃないと困ることがいくつもある。

「でもここから一人で行けるのか?」

わたしが支度を始めようとした時、お父さんが慌てて引き止めてきた。

そうか。この家に来たのは昨日のことで、周囲にどんな建物があるのか、ここはどんなところなのかわたしは全く知らない。

だから当然あの家に辿り着くことはできない。

「送って行こうか?」

お父さんは少し顔を赤らめながらそう言った。

「何緊張してるのよ」

お母さんはクスクスと笑ってお父さんの背中を叩いた。

「だって、星夜はもう十六だぞ!?思春期真っ最中の娘に送迎のお誘いをしてるんだよ!?緊張するに決まってるだろ!」

必死に赤面の理由を説明するその姿がなんだか面白くて、わたしもクスクスと笑ってしまった。

わたしは十六歳の思春期真っ最中だけど、普通とは違って両親に対しての嫌悪感は全くない。

だけど、もしわたしたちが離ればなれにならずに過ごしていたら嫌いになっていたのかな。

決して、そんなわけないとは否定できない。

大好きに決まっているけれど、不安定な心が反抗してしまうかもしれない。

しかし、そういう時期を乗り越えてから大人になるのだから、その時期も大切にするべきなのかな。

「じゃあ、お父さんに送ってもらう」

わたしはお父さんのそばに行って微笑んでみせた。

「わかった。連れて行ってあげる!」

お父さんはニコッと笑ってガッツポーズをしてみせた。
住所はわたしから教えて、そこまでナビに従って送ってもらった。

辿り着いた場所は十四年間住み続けたあの家で、特にいつもと変わりのない様子だった。

「行ってらっしゃい」

わたしが車のドアを開けると、お父さんはそれだけ言って見送ってくれた。

わたしは何も言わずに頷いてから、体を家に向き直した。

今からあの人と再会するのか……

なんだか複雑な気持ちで、顔を合わせるのが怖かった。

「あら、星夜ちゃん!?」

ドアノブに手をかけた時、すぐそばから聞き覚えのある声がした。

「佐々木さん!」

その声は、いつもお世話になっていたお隣の佐々木さんの声だった。

佐々木さんは心配そうな目でわたしを見つめてきた。わたしが戻って来たことに驚いているのかな。

「突然だけど、あなたのおばあちゃんの名前って知ってる?」
「……知りません」

そういえば一度も聞いたことがなかった。

下の名前が"佳代子"だってことは知っていて、自分の名前が松乃星夜だから、松乃佳代子だと考えていた。

だけど、直接本人からは聞いたことがない。

佐々木さんはわたしの隣にやって来て、バッグの中から何かを探り始めた。

「これを見て」

渡されたのは一枚の紙で、それは名刺と呼ばれるものだった。

そこに書かれた名前は

『中野佳代子』。

「これはわたしがここに引越して来た時にもらった名刺なの。表札も"中野"だったのに、星夜ちゃんが来てから全部"松乃"に変わったの」

わたしは驚きのあまり声も出なかった。

佐々木さんはそんなわたしに対して、続けて語り始める。

「戸籍をどうしてるのかまでは知らない。けど、あの人は完全なる犯罪者なの。だからここからは離れた方がいいわ」

犯罪者……

わたしはそれを知らずにずっと一緒に生きてきたのか。

そんな立派な犯罪をしている老人と家族の設定だったという真実に、思わずゾッとした。

「わたしは本当の家族を見つけたんです。だからもうここに戻って来るようなことはありません。今まで本当にお世話になりました」

わたしは佐々木さんに深くお辞儀をしてから、まだツヤツヤのドアノブに手をかけた。
なぜか鍵が開いていて、安易に中に入ることができた。

こんなことをしていたら、泥棒の家に泥棒が入って大変なことになっちゃうよ。

玄関もそのままで、わたしの学校のローファーが定位置に置かれていた。

「星夜……」

わたしがさっさと二階に上がらなかったせいで、リビングからおばあちゃんが出てきてしまった。

もちろん驚いた顔をしていて、でも少し嬉しそうにも見えた。

「最低だよね。誘拐犯のくせに自分を弱く見せるなんて」

わたしは本気でショックだったし、信じたくはなかった。

だけどいずれは知る真実だったんだろうな。

おばあちゃんはわたしの言葉に反論できるわけなく、その場に泣き崩れてしまった。

その間に二階のわたしの部屋に向かって、わたしは突っ走った。
わたしは部屋の前で立ち止まり、一度深呼吸をした。

ピロに忘れられてないかなとか、嫌われてないかなとか、急に不安な気持ちが湧き上がってきたからだ。

ドキドキしながらもそっとドアを開けてみると、少し光の差し込んだ部屋の隅に毛布にくるまったピロが居座っていた。

「ピロ!」
「セイヤ!」

わたしは嬉しくって思いきりピロに飛びついた。

何も言わずに家を出てしまい、ご飯もあげずにひとりぼっちにさせてしまったというのに、ずっと同じ場所に座って待っててくれたなんて……優しすぎるよ。

「どうして……どうしてここにいてくれたの?」

理由はないのかもしれない。

だけど待っててくれたという事実だけは確かだから、何か思いはあったのかもしれない。

「ダッテ、セイヤ、マッテテ、イッタカラ」

びっくりした。

以前よりもたくさん言葉を覚えていたからだ。

この部屋にいながらどうやって勉強したのか……

わたしは抱きしめていた体を離して、ピロの目を見つめた。

相変わらず綺麗な顔立ちで、本当に人間みたいなのに中身は可愛らしい宇宙人。

そんなピロはとても愛らしかった。

「本当にいい子だね」

わたしはピロをもう一度抱きしめた。

するとピロは戸惑いながらわたしの背中に手を置いた。

なんか可愛いな……

「コレナニ?」

そういえば久しぶりに聞いたな、『コレナニ』。

"コレ"とはどれのことを指しているのか……

一瞬悩んだけれど、わたしの背中をぐるぐるしてる手でこの状態のことを言ってるんだとわかった。

「ハグ」
「ハグ?」
「そう。大好きな人とか、大切な人とかをギュってするんだよ」
「ダイスキナヒト?タイセツナヒト?ギュット?」

ピロは首を傾げながら言葉を繰り返した。

その時やっとわたしは自分の言動の意味に気がついて、ピロの体を離した。

わたしにとってピロは、大好きな人?大切な人?

どっちもなのかな?

それってどういうこと……?

こんなにも胸が熱くなっていくのは、どうしてなのだろう。

複雑な気持ちがわたしの心の中を満たしていった。

「あと、どうやって言葉を覚えたの?」

不自然だった。

外には出ていないはずなのにどうして言葉を覚えたのか。

「コレ」

ピロが差し出したのは、テレビのリモコンだった。

「うそ!テレビで覚えたの!?」

これまたびっくり。

リモコンの扱い方とかテレビのチャンネルのこととか一切話してないのに!

やっぱりピロは天才なんだな、と思うとわたしも鼻が高い気がしてきた。

子育てってこんな感じなのかな?こんなに楽しいものなのかな?

わたしはピロと一緒に成長していきたいなと、そう心から思った。
あまりこの家には居たくないので、すぐに荷物をまとめて部屋を出た。

ほとんどが学校の道具を占めていて、買ってもらった服や雑貨は全部置いて帰ることにした。

これからは全くの他人として生きていくわけだし、気持ちを改めようという考え。まぁ元から他人だったのだけれど。

「ピロも一緒に行く?」

問題はピロだった。

もちろんここに置いていくつもりはないし、でも一緒に暮らすことは困難となる。

わたしはピロと一緒にいたい。だけど家に連れていけるかがわからない。

「イク」

ピロはわたしの手を握ってニッコリ笑った。

そんな顔されたら……

「一緒にいようね」

一緒にいられるかわからないけど、できる限りのことはしよう。

握られた手をギュッと握り返して、階段を降りてみると玄関でおばあちゃんが知らない人達に囲まれているのが目に入った。

この服装は、警察官だ。

「あなたが松乃星夜さんですか?」

ガッツリした体型の男性にいきなり声をかけられ、思わず「ひっ!」と変な声を出してしまった。

「は、はい。わたしが松乃星夜です」
「親御さんとは再会できましたか?」

男性の警察官は少し心配そうにわたしに尋ねてきてくれた。

「はい。これからは向こうの家で暮らすことになりました」
「星夜……」

おばあちゃんは、聞こえるか聞こえないくらいの声でわたしの名前を呼んだ。

おばあちゃんと会話を交わすのは、きっとこれが最後なんだ。

だから本当に思っていることを言う。

「わたしの人生を支えてくれてありがとう。だけどあなたはわたしを堂々と騙した犯罪者。そんなあなたとはもう二度と会いたくありません、さようなら」

深々とお辞儀をすると、その場が凍りついたように静かになったのがわかった。

これでもう終わり。もう二度と帰って来ることもないだろうし、会うこともない。

だからこうやってきちんとお別れをするんだ。

「なんで……」

震える声と鼻をすする音で、おばあちゃんが泣いているんだと気がついた。

わたしはゆっくりと頭を上げてその様子をただただ見ていた。

きっと何かを言おうとしているのだけど、出てくるのは涙ばかりで上手く話すことができないんだ。

そして最後には手のひらで顔を覆い、その場にしゃがみこんでしまった。

その「なんで」は、わたしが出ていくことに対してじゃないんだと思う。わたしが「ありがとう」って言ったことなんだと思う。

感謝の気持ちを伝えたのはたったの一瞬だけど、それがおばあちゃんにとって嬉しかったのかな。

わたしはこの場にいても仕方がないと判断を下し、透明になったピロの手を握りしめながら家を出ることにした。

警察官の人に敬礼をされ、わたしも深くお辞儀をしてから家を出ると、外には心配そうにしている佐々木さんが立っているのが見えた。

わたしは何も言葉を発さずにニコッと笑ってみせた。

すると、佐々木さんは安堵の表情を浮かべて家に戻っていった。

わたしが佐々木さんが警察を呼んでくれたんだと気がついたのは、後のことだった。
「ただいま」

抱えていた大荷物をドンと玄関に下ろすと、体が一気に解放感に襲われた。

車の中でお父さんは特に話しかけてくることはなく、家に着くまでずっと沈黙が続いた。

だけどその沈黙は決して悪いものではなく、お父さんの優しさから生まれたものなんだ。

「おかえりなさい」

リビングからお母さんが駆け寄ってきて、荷物を受け取ってからわたしの顔色を伺った。

「大丈夫だよ。言いたいこともちゃんと言えたし、後悔はないよ」

お母さんの思っていることがわかったから、わたしは微笑みながらそう言い、残りの荷物をもう一度抱えた。

「よかった」

お母さんは胸をなでおろし、荷物をわたしの部屋へと運んで行く。わたしも続いて運んで行った。

「ついてきて」

そして小さな声で透明になっているピロに呼びかけ、階段をゆっくり上って行った。
「荷物整えたら下に来てね。お昼ご飯できてるから」

お母さんはニコッと笑って部屋から出ていった。

「ピロ、ここが本当のわたしの家だよ」
「ホントウノ?」

わたしの複雑な家庭環境なんて知らないピロは、"本当の家"という言葉に疑問を抱いたようだ。

だけどこんなにも純粋なピロに、そんなこと絶対に話せない。なぜか暗い現実を知ってほしくないんだ。

「荷物を整え終えたらお父さんとお母さんに話すから、静かにここで待っててね」
「ウン、マッテル」

ピロはわたしが一度ひとりぼっちにさせてしまったのに、いつでもわたしの言葉を信じてくれるんだ。

やっぱりそこが素直で純粋で、わたしたち人間とは違うところなんだろうな。
やっと荷物を全て整え終え、わたしはリビングの目の前で深呼吸をしている。

「宇宙人と仲良くなったら一緒に住みたい」なんて言ってもきっと信じてくれないだろうし、バカバカしいと思われてしまうに違いない。

けれどお父さんとお母さんはわたしを信じてくれたんだ。

いつまでもわたしを待ち続けてくれて、帰ってくるまでずっと信じてくれていた。

もしここでわたしがピロのことを秘密にしていたら、きっと後から悲しまれてしまう。

もうこれ以上迷惑はかけたくないし、悲しませたくない。だから言わなきゃならないんだ。

そう決意を固めてからリビングに足を踏み入れた。

「何このいい匂い!」

リビングに入った途端、鼻翼をくすぐるような匂いがわたしを包み込んだ。

「よかった!星夜が戻ってくるまで何年間も研究したんだからね!」

エプロンを身にまとったお母さんが嬉しそうに笑った。

椅子にはすでにお父さんが座っていて、お母さんと一緒に笑みを浮かべていた。

なんだか急に胸が温かくなってきてまた、これが家族なんだなって思わされる。

「それで、お昼ご飯って?」

あんなにいい匂いのする食べ物は一度も食べたことがない気がして、ワクワクしてきた。

「見てごらん!」

お母さんはわたしの手を引き、テーブルの上を指さした。

「すごい……」

テーブルの上には大きなホットプレートが置かれていて、その上には焼きたてのホットケーキが並べられていた。

実はわたしはホットケーキやパンケーキなどのケーキは食べたことがなかった。

前の家では外出をすることをあまり許されず、わたしが家を出る時は学校へ行く時と星を見に行く時くらいだったんだ。

だから一緒に外食に行ったり、買い物に行ったりなんて一度もなかったと言っても過言ではない。

わたしはすぐさま椅子に座り、大げさに手を合わせた。

「いただきます!」

大きなホットケーキをお皿に移して、上にバターとシロップをたくさん乗せた。

「本当に嬉しそうだな」
「だって初めてだもん!」

もごもごと口を動かすお父さんは、微笑みながらわたしの様子をしっかりと見ていた。

本当はピロの話をする時にドキドキするはずなのに、なぜか今ドキドキしてしまう。でも無駄ではないんだよね。

そして、緊張しながらも一口食べてみた。

「美味しい!!」

わたしは思わず声を張り上げた。たぶん近所まで届いてると思う。

今のわたしはピロがニンジンを食べた時みたい。

お母さんはクスクスと笑って、よかったと喜びの表情をみせていた。

「実は……お父さんとお母さんに話さなきゃいけないことがあるの」

目の前のホットケーキに乗ったバターとシロップは溶け込んでいっていた。

わたしが話し終える頃には全て溶けちゃうのかな。

「どうかしたの?」

お母さんは心配そうに聞いてきた。けれどお父さんは少し緊張気味な表情をしていて、どうやら嫌な話だと予想したようだ。

「信じてもらえるかわからないけど……」

どんどん速くなっていくわたしの鼓動は、リビング中に響き渡っていた。