片手にコップを持って部屋に入ると一番に、幸せそうにキャンディーを舐めているピロの姿が見えた。
「美味しい?」
「オイシイ」
ピロはニコッと笑ってそう答えると、ベーっとカラフルに染まった舌を見せてきた。
今朝渡したニンジンは完食したらしく、少しだけお腹が膨れているようにも見えた。
ピロには少し太ってもらいたかったし、ガリガリよりはちょうどよかった。
手に持っていたコップを勉強机の上に置いてみると、ピロは不思議そうにそれを見つめていた。
「ニンジンジュースだよ。ピロが飲んでいいからね」
「ヤッタァ!」
ピロは嬉しそうにコップに手をつけた。
わたしも袋からキャンディーを取り出して、思いっきりベッドにダイブした。
「はぁー」
ため息をつくと幸せが逃げる、と誰かから聞いたことがある。
でもため息をついてる時って、すでに幸せが逃げている時じゃないのか?幸せが逃げたからため息をつくんじゃないか?
わたしはずっとそう思い続けてきたため、お構い無しにため息をついていた。
「ピロのお父さんとお母さんって、どんなひと?」
「……?」
わかるわけないか。まだわからないよね。
だって地球に来てまだ一日しか経ってないもんね。
ピロはいきなりひとりぼっちになっても平気なのかな。親が恋しくならないのかな。
ピロはたまにわがままを言うけれど、親に関してのことは一切言わない。
もしかしてお父さんとお母さんのこと、認知してないのかな……
「えらいね、ピロは」
わたしがそう言うと、ピロはこてんと首を傾げて笑った。
きっと意味はわかってないんだろうけど、いいことだっていうのはわかるんだろうな。
わたしよりもピロの方がずっとえらいのかもね。
今日は窓に突き当たる激しい雨の音で目覚めた。
どうやら昨日はあのまま寝てしまったみたいだ。
そんな!バカな!
わたしが星空を見ずに寝てしまったというの!?
今まで一度も見逃したことはなかったのに!
わたしは頭を抱えながら、もう一度ベッドに倒れ込んだ。
昨日置いておいたコップの中からニンジンジュースが綺麗になくなっていて、ピロが全部飲みほしたことを表している。
「セイヤ」
そのピロはというと、部屋の端に膝を抱えて小さくうずくまっていた。
なぜかカーテンが激しく揺れていて、そこから大量の雨が部屋に降り注いでいる。
なるほど。
昨日みたいに太陽を見ようとしたら、運悪く大雨で濡れてしまったのか。
あの日お風呂に浸からせてしまってから、きっと水に対しての恐怖心が芽生えてしまったのだろう。
あれはわたしのせいだけど。
普通に部屋を濡らされるのは嫌だったので、窓を閉めてカーテンも閉め切った。
どうやら今日は太陽の光が浴びられないみたい。
「ここで待っててね。あとで帰ってくるから」
ブルブルと震えるピロの体に毛布を被せて、わたしだけでリビングに向かった。
「おはよう」
「あぁ、星夜。今日は警報が出ているわ」
やった。さすがに補習も休みだな。
まぁ別に行っても勉強する気はなかったんだけどね。
「夜中から雨がすごかったのよ。お昼には止みそうだけど」
おばあちゃんは椅子に座って、テレビに目を向けたままそう呟いた。
わたしも椅子に座って白湯を飲んでいると、テレビに映るキャスターが真剣な眼差しで口を走らせているのが目に入った。
「地方によっては避難指示を出されているところもあります。絶対に外には出ないでください」
幸いわたしたちの地域には避難指示は出されていなかった。
しかし雨は変わらず激しく降っていて、窓にポツポツと力強く当たっていく。
「スタジオには専門家の荒木さんにお越しいただいています」
すると、その荒木さんとかいう男性が眉をひそめて会釈をした。
こんな光景、あまり見たことがないな。
「この大雨は、十四年前の災害とよく似ていますね」
荒木さんは表情を変えずにそう言った。
十四年前……わたしが二歳の頃か。
その時わたしはどうしてたのかな。全く記憶にない。
「十四年前の災害ってどんな感じだった?」
わたしの記憶には、災害とかそんな苦しいことは残されていない。だからお父さんとお母さんが亡くなったことも、記憶に残されていない。
「十四年前ねぇ……あれはすごかったわよ」
おばあちゃんは、さっきの荒木さんみたいに眉をひそめて語り始めた。
「この辺りも全部水浸し。だから避難に遅れたものは次々と流されていく。地上に降りずに、屋根に乗っかったまま餓死してしまうなんて人もいたわ」
「そんなに大きな……」
そんなに大きな災害があったなんて、全く知らなかった。
もしかしたら、わたしが住んでいたところは無事だったのかもしれない。でもおばあちゃんが言ってるから違うか……
「大雨が降り止んでも、地面はぐちゃぐちゃで復興にもとても時間がかかった。家は崩れているし、木は倒れているし。悲しいことに、そこから埋まっていた遺体が出てくることもあった」
おばあちゃんは顔を青ざめながら語った。
どうしてそんなに人が死ぬ話ばかり……
「まさか……」
そうか。そうだったのか。知らなかった。知っているはずのないこと。
「お父さんとお母さんは……災害で亡くなったんだ」
それ以外ありえないよ。二人が同時に死んでしまう事故なんて、これしか信じられないよ。
「……星夜。わたし言わなきゃいけないことがあるの」
「なんで隠してたの。言ってくれてもよかったじゃない!」
心の中でぐじゃぐじゃしたものが、やがて怒りへと変わっていった。
わたしの大事な、たった一つの家族。
お父さんとお母さんのこと、なんで隠してたの?なんでいつも言ってくれないの?
わたしを産んでくれたのはお母さんであって、決しておばあちゃんなわけじゃない。
わたしを強く育ててくれたのはお父さんであって、決しておばあちゃんなわけじゃない。
おばあちゃんはただの身内じゃないか。
でも、なんで記憶にはおばあちゃんしか残ってないの……
「……わたしは」
「もういいよ」
わたしは怖くて、勢いよく家を飛び出した。
気がつけば豆腐屋さんの辺りまで走ってきていた。
警報が出ているため、誰も外には出ていない。これが孤独と言うのか。
傘も何も持たずに出てきたため、わたしの体にはただ大雨が打ち付けられる。ものすごく痛い。
さすがに寒いので、息を整えながら近くの公園にある屋根付きのすべり台に潜り込んだ。
そういえば一度もお墓参りに行ったことがない。
もしかして遺体が見つかっていない?それならわたしが見つけなきゃ。
わたしはびしょ濡れの体のまますべり台を滑って、向かう場所も決まっていないのに歩き出した。
「お嬢さん!外にいたら危ないですよ!」
その声はトラックに乗っていた佐々木さんの声だった。
そんなの知らない。危ないとかどうでもいい。
「ほっといてください!」
「待って!」
わたしの考えを、誰にも邪魔されたくなかった。
だから行くあてもなく、全力で走った。
大雨に負けないように、力強く走った。
拳をギュッと固く握りしめて、足を痛いくらいに地面を蹴り飛ばす。
もう誰にも邪魔されたくない。わたしはわたしだけの道を歩みたくて、自立したくて。
真実がわからないのなら、わたしが見つける。
秘密があるのなら、わたしが暴いてみせる。
全て自分の力で……
お父さんとお母さんのことも、絶対に見つけてあげる。写真だってどこかに残っているはず。思い出もどこかに刻まれているはず。
「危ない!」
走っているうちに、見覚えのない通りまで来ていた。
その角から出てきた自転車が、わたしにぶつかってきたのだ。
「痛い!」
とても痛い。心が体が。
「松乃……!」
わたし自身はもう限界に達していた。
目の前には知らない天井に知らない壁、ここはわたしの知らない場所だ。
いったいどこかなんて、次にすぐわかった。
「なんで外出てたんだよ。危ないだろ」
「菊池……?なんであんたが」
ありえなかった。なぜわたしが菊池の家にいるのか。
一度も来たことないし、菊池とはそこまで深い関係ではないし。
「さっきはごめんな……前が見えなくてぶつかってしまったんだ……」
あぁ……そうか。わたしは自転車とぶつかったのか。
今思うと本当にバカなことをしたんだな。なんで家なんか飛び出したんだろう……
「なんかあったの?」
菊池はわたしのことがお見通しみたいで、心配そうに聞いてきた。
わたしの家のことなんて誰に話したって意味はない。誰も理解してくれないよ。
「おばあちゃんに腹が立って家出した」
「おばあちゃん?」
きっとダメな娘だとかそんなこと思ってるんでしょ?わたしだって思ってるよ。
「おまえ、おばあちゃんいるの?」
「どういうこと……」
わたしはその言葉の意味がわからなかった。
わたしは両親を失ってからずっとおばあちゃんに育てられてきたというのに、おばあちゃんがいるということに対しての疑問はどこから生まれるのかわからなかった。
「あんたこそ、どうして自転車走らせてたのよ」
「それはさぁ、母さんの忘れ物を会社に届けに行ってたんだよ」
いい子なんだな、とか不意に思ってしまった自分を殴りたい。
「まぁいいや。もう昼だから昼飯でも食おうぜ」
菊池はそう言ってから、部屋からリビングまでわたしを連れて行ってくれた。
とてもおしゃれな家具が並んでいて、物が散らかることなく、きちんと整頓されている綺麗な部屋だった。
「お父さんとお母さんは?」
一つ不思議に思った。家の中心のリビングに誰もいない。
そういやさっきお母さんの話してたから、誰もいないのか。
「仕事だよ。俺のとこは二人とも働いててさ……」
楽しそうに語っていた菊池の顔色が、なぜか悲しそうな顔へと変わった。
「……ごめん」
「いいよ」
両親のいないわたしを気遣ってくれたらしい。
でもなんで知ってるの?わたし人には言ってないけど……
「俺、おまえに言わなきゃいけないことがある」
まえに聞いた言葉だ。なんだか真剣な話なんだなというのは察せた。
あの時は無視してしまったけど、本当は大切なことなのだろう。
「俺とお前は、幼なじみなんだ」
「どういうこと……」
──ピンポーン
話が始まったところで、インターホンが鳴った。
わたしは、菊池から出たよくわからない言葉に困惑を隠せなかった。
「なんだよ」
菊池はため息をつきながらモニターを確認しに行った。
こんなタイミングに……いったい誰が。
「母さん?なんで?」
菊池はモニターの前で驚いた顔をしていた。
お母さん?お母さんは仕事に行ったんじゃなかったっけ?
すると、ガチャと開いた扉から一人の女性が現れた。
その人はスーツとかではなく、少しラフな格好をしていて、とても優しそうな人に見える。
「あら、彼女さん?」
その女性はわたしを見て、優しく微笑んだ。
この人が菊池のお母さんかな?
「彼女じゃねぇよ!コイツは……」
玄関にいるお母さんらしき人は高笑いしていたけど、菊池は不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「母さん。コイツは、松乃星夜さんだ」
「え……あの星夜ちゃん?」
お母さんの表情が一瞬で変わり、頬が急に固まったみたいに口角が下がった。
どういうこと?お母さんはわたしのこと知ってるの?
この三人の関係を理解していないのはわたしだけみたいで、二人ともすでにわたしを知っていたみたいな、そんな感じがする。
「星夜ちゃん……生きてたのね」
「はい?」
思わず変な声が出た。いやそりゃあ出るよね。
生きてたのね、とか言われたらそりゃあ驚くよね。
わたしは死んでいたの?死んでる設定だったの?
「それが、コイツは何も覚えてないらしいんだ。だからはじめから話してあげようと思ってたところ」
目の前にいる菊池は、さっきまでの菊池と違う。なぜかわたしの知らない人へと変わっている。
「ちょうどいいわ。今日の仕事は任せてきたから」
そう言ってお母さんは玄関にバッグを置いて、キッチンへ移動してからみんなに座るように指示した。
わたしは慣れないフワフワの椅子に腰掛けた。
「あの災害のことは、全く覚えてないの?」
お母さんはキッチンから悲しげな表情で、わたしに問いかけてきた。
「全く覚えてないんです。家族のこともよくわかりませんし、本当に記憶に残ってないんです」
誰かと誰かのことを思って星空を眺めたことだけは、しっかりと記憶に残っているけど。
「そうなんだ……家族のこともなのね」
今までおばあちゃんに追究してきたけど、全て上手くかわされた。
今日が本当のことを知る日なんだ。
そう思っていると、胸が痛いくらいに騒ぎ始めた。
それはとても暑い真夏日。
あまりの暑さに、人々は涼しさを求めていたという。
その願いが叶ったのか、その日の夜は大量の雨が多くの町を包み込んだ。
もちろんみんな喜んだが、それから悲劇が始まった。
「今雨降ってるよ!」
わたしは普段は雨が降ると不機嫌になるはずが、この日は大喜びだったそう。
「ほんとだ!星夜ちゃん、遊ぼうよ!」
隣に住む菊池夜斗もわたしと同じく上機嫌だ。
いつも一緒に遊んでいる二人は、その雨に恐怖など一つも感じていなかった。
レインコートを着て長靴を履いて、数分でできた水たまりの中で飛び跳ねる。小さい子がよくする遊びだ。
二人の親もそれを温かく見守り、決して止めるようなことはしなかった。
なぜなら、この時は誰も知らなかったから。
「ねぇねぇ!池の水がパンパンだよ!」
わたしは珍しい光景に思わず声をあげた。
それから、大人達は少しずつ危険を察知し始めていたのだ。
「そろそろ帰らない?」
お母さんがようやく切り出した。
でも、わたしたちは帰りたくないとわがままを言うわけで、それでもお母さんは無理矢理わたしたちを家に連れて帰った。
すでにお父さんは家に帰ってきていて、何やら不安そうに家中を駆けずり回っていた。
もちろんその様子を見ても、わたしとお母さんは状況を理解できなくて、そのままリビングに入っていった。
「お前達!急げ!」
呑気にソファに座るわたしたちとは正反対に、お父さんは狂ったかのように声を荒らげた。
「どうしたの?そんなに急いで」
「今すぐ家を出るぞ!この地域は避難指示が出されてるんだぞ!」
いきなり飛び出したその言葉の意味がわからなかった。
避難指示……?さっきまで外で遊んでいたのに。
二歳のわたしにはよくわからなかったけど、とにかく危険な状況だということは理解した。
わたしは戸惑いながらも、すぐそばに置いてあったバッグを手に取って、その中に大切なものを詰め込んだ。
いつも一緒に寝ているぬいぐるみ。
幼稚園でもらったクレヨン。
お父さんとお母さんにもらった
望遠鏡。
お母さんはすぐにわたしを抱き抱えて、今までに見た事のない速さで階段を上った。
実は、この家に住んでいてまだ一度も開けたことのない扉が存在していた。
その扉はなんと家の屋上へと繋がっている扉だったのだ。
お母さんはその扉を勢いよく開け、高い屋上でわたしを座らせた。
さっきとはまるで違う場所のように景色は汚れていた。
穏やかだった風は強くビュンビュンと音をたてて吹きつけ、雨はその風に乗ってドシャドシャと地面を叩いていた。
地面には降ってきた雨が川のように流れていて、もし落ちてしまえば死んでしまう。
その中には森から流れてきた木や、駐車場に置かれていた車、そして家までもが紛れていた。
恐ろしい光景に体を震わせていると、お母さんは優しくわたしを抱きしめてくれた。
「大丈夫。お父さんとお母さんがいるからね。絶対離れないから」
「うん。約束ね?」
約束を交わしたあと、遠くからわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
「セイヤー!セイヤー!」
雨と霧のせいでよく見えないけど、声ですぐにわかった。
「ナイトー!」
その声は菊池夜斗のものだった。
どうやら菊池は屋根の上に避難しているらしく、両親も一緒にいるという。
今すぐこんな状況から抜け出したくて、わたしは何度も泣き叫んだ。
そうすれば雨が止んでくれると思ったんだ。
泣き疲れたわたしは、お母さんの腕の中で眠ってしまっていた。
もう雨は止んでいたけど、地面を流れる大量の雨水の勢いは止まっていなかった。
辺りは真っ暗で勢いのいい水流の音しか聞こえず、真夏だというのにとても寒かった。
空も曇っていて、わたしの大好きな星の姿は一つも見えなかった。
「お母さん、お母さん」
「大丈夫。ここにいるからね」
わたしは何度もお母さんの存在を確認して、心を和まそうとしていた。
お母さんもそれに応えて何度も「ここにいるよ」と言ってくれた。
そのおかげで、なんとか怖さを和らげることができたんだ。
お父さんはというと、わたしの隣でずっと何かを考え込んでいた。
どうやら明日はどこかに避難した方がいいのかどうかということを考えていたみたい。
確かにそれは大切なこと。
もしかしたらこの家ごと流されてしまうかもしれないし、食糧を得ることは難しいし、ここにいるよりは断然避難所に行った方がいいのだろう。
だけど、ずっと住んできた家から離れるのは少し淋しくも感じた。
それでも命を守るためには決断をしなくてはならないのだ。それが今なのかな。
真っ暗闇の中でお腹を空かせているわたしは、まるで迷子になった子鹿みたいに見えただろう。
本当に怖くて怖くてたまらなかったけど、周りにはお父さんもお母さんも菊池一家もいた。だから安心できた。そばにいてくれたから。
誰も自分のそばから離れるなんて考えていなかった。
でもそうはいかなかった。
そして、一番寒いのは朝だった。
目覚めると一気に寒気が体中を駆け巡って、恐ろしいほど鳥肌がたった。
しかし、昨日地面を流れていた雨水は消えていて、辺りはとても静かだった。
その代わり、霧が視界を遮っていて隣の菊池の存在を確認することができなかった。
菊池はちゃんと生きているのかな。
生きてるよね。大丈夫だよね。
ずっと一緒にいた友達を失うことは絶対に嫌だった。だからいつも離れなかったし、離さなかったんだ。
ぼーっとしていると、お母さんがまだ寝ぼけているわたしを抱き抱えて家の中に入っていった。
お父さんも大量の荷物を抱えて一緒に入った。
一階には嫌な臭いが漂っていて、水に流されてきたゴミで荒らされていた。
その臭いは生ゴミと似ているものだった。
今まで一度も見たことのない光景に、わたしは思わず息をのんだ。
わたしは、まるでごみ捨て場みたいな家をもう見たくなかった。
なぜなら、なんだか心が締め付けられて苦しくなってきたから。
お母さんは優しく背中を撫でてくれて、わたしはきちんと家にお別れをした。
意外と外はもっと酷くて、お父さんとお母さんの靴にドロドロの土が引っ付いていた。
それでも嫌な顔を一つも見せず、わたしを抱えたまま足を進めていった。
避難所は家からすぐ近くの公園にある体育館で、そこはとても広かった。
実は過去に何度も行ったことがあって、馴染みのある場所の一つでもあった。
裏には小さな山もあって、遊べる場所が充実している最高の公園だ。
霧で目の前が見えなくても、ある程度公園までの感覚は掴めていた。
「うそ……」
急にお母さんの顔が青ざめて、お父さんはわたしの目元を手で塞いだ。
どうやら道の端っこに死体があったらしい。
きっと昨日の大雨で流されてきてしまったのだろう。
気の毒なことだ。
きっとわたしの住んでいたところがよかっただけで、もし山奥に住んでいたらわたしも死んでいたのだろう。
「大丈夫だ。ほら行くぞ」
お父さんはショックを受けているお母さんを慰めてまた進み始めた。
すると、霧の隙間から少しずつ入口のようなものが見えてきた。
あともう少し……あともう少しで……
「ナイト!」
やっと着いた公園の入口には、菊池家の全員が立っていたのだ。
名前を呼ぶとすぐに返事を返してくれて、わたしの元へ走ってきてくれた。
わたしたちはお互いの生存を気にしていたので、安心のあまり思いっきり抱き合った。
お互いの両親も頬を緩ませて笑顔を浮かべていた。
ここまで来れば、もう安心。
昨日のような恐怖はもう訪れないだろう。