ボクはキミの流星群

どうしよう!星が出るまで時間がない!

今日もピロがあそこにいるかはわからないけど、服を買うって決めていた。だから買わなきゃいけない気がした。

わたしは靴を荒く履いて、すぐに走り出した。

夏に走ることなんてなかなかなく、少し体が鈍っているような気もするけど、力を振り絞って暴れるように走り続けた。

幸いなことに、この学校の周りには色んな店が並んでいるため、とても助かる。

その中には結構人気な服屋があって、そこはピロにぴったりの服もあるはずだ。

わたしは迷わずその店に入っていった。

そういえばピロって男の子かな……それとも女の子?

よく容姿を思い出してみるけど、住む星の違う生き物の性別なんてわかるわけがない。

とにかく、どっちでもいいような大人しいワンピースを買うことにした。

いきなりズボンとか、シャツとか、肌に影響がありそうなものは選ばないようにすることに。

そしてすぐにレジで会計を済ませ、また道を走り抜けた。
今日は家に帰らず、直接裏山に行くことに決めた。

じゃないと、一番星が見られないから。

それに、早くピロに会いに行きたいし。

ピロはこの服、喜んでくれるかな?またわたしの名前を呼んでくれるかな?

そんなことを考えているとワクワクしてきて、もっと早く行きたくなってきた。

いつもなら結構しんどいと感じる山道も、今日は軽々と乗り越えられた。

空はすでに暗くなっていて、星が出ようとしているところだった。

肺が破裂しそうなくらい息が荒くなったところで足を止めた。

「セイヤ」

わたしの場所、いつも星空を眺めている場所にピロが座っていた。そしてわたしの名前を呼んだのだ。

「ピロに見せたいものがあるの」

わたしはまだ整っていない息づかいで、ウキウキしながら袋から服を取り出した。

中から取り出したのは、茶色で無地の少し大きめのワンピース。

これなら性別がどちらでも着られると思って買ってみた。

それをピロに見せると、ピロは不思議そうに首を傾げた。

「これは、フク。ピロのだよ」

わたしはそう言って、ピロに着させようとした。

「ボク、ヤダ!」

ピロはわたしの手を振り払って後ずさりした。

え、今のって……

「ピロがしゃべった……」

わたしが教えた言葉は、"セイヤ"と"ピロ"だけなのに。どうして、そんな言葉知ってるの?

いったいどこでどうやって……

「ピロ、ヤダ。ヤーダヨ」
「ダーメ!」

嫌がるピロに、なんとか無理矢理着せることに成功した。可哀想だけどしょうがないよ。

だって服を着ておかないと、臓器丸見えだし、街中なんてとても歩けない。

これはピロのことを思ってだから。

「ナニアレ」

ぶすっとした顔のピロが指さしたのは、まるで宝石のような星が散りばめた夜空だった。

「ホシ」

わたしはそう言いながら、地面に指で星を描いてみせた。

するとピロはそれをそっと撫でて、楽しそうに笑った。

「ホシ!」

ピロは嬉しそうに"ホシ"を連呼した。

ピロといると、まるで自分が母親になった気分になる。

母親って、こんなに楽しくて、でも大変なんだね。

ピロはどんな星に住んでたのかな?

この地球から見えるのかな。光が届くまでどのくらい時間がかかるのかな。

いつかピロに聞けるかな。

隣にいるピロを見てみると、すっかり星空の虜になっているのがわかった。

そんな姿はとても幼く見えてしまう。

ピロはいったい何歳なのかな……

見た目は大人っぽいのに、中身は思いっきり子供。

性別だってそうだ。"ボク"って言うから男の子かと思えば、時々かわいい仕草をするから女の子かもしれないし。

ピロは本当に謎だらけだ。

ねぇピロ。その謎、いつか教えてね。
「グゥー」

そう音をたてたのは、わたしのお腹だった。

そういえば、まだ家に帰ってなくてご飯を食べていなかった。

きっとピロもお腹が空いているはず。


「行こっか」

わたしは立ち上がって、ピロの手を握った。その手は少し冷たくて、プニプニしていた。

ピロは首を傾げていたけど、わたしの隣に立ち上がって、素直に着いてきてくれた。

裏山を下ったところには、すでに街灯が眩しく夜道を照らしていた。

さっきまでいた裏山の方から、色んな虫の鳴き声が聞こえてくる。

「夏だな」

そう小さく呟いてみると、いつものようにピロが首を傾げた。

「ナツ……」

ピロは不思議そうに周りを見渡していた。

何がナツなのか、探そうとしているみたい。

「キャア!」

夏の夜に感動していると、脇にある小さな田んぼから一匹のカエルが飛び跳ねてきたのだ。

だけどわたしが驚いたのはそこじゃなかった。

そのカエルに対して驚いているピロに、わたしは思わず驚いてしまった。

ピロは甲高い、女の子がゴキブリを見た時みたいな声で叫んだんだ。

やっぱりピロって女の子?

「ぷっ」

怖がるピロとは正反対に、わたしは思わず笑ってしまった。

「カエルだよ。そんなに驚かなくても大丈夫」

そう言ってケラケラ笑っていると、ピロはわたしの手をギュッと力強く握って、訴えるような目で見つめてきた。

「うん、ごめんね。じゃあ行こうか」

不安にさせてしまったみたいで、ブルブルと震えるピロ。早く安心させてあげなきゃ。

「バカ」
「は?」

ピロは小さくそう呟いて、下を俯いた。

は?バカ?なんだとー!?

今すぐ怒ってやりたかったけど、それは堪えておいた。宇宙人と喧嘩なんて経験ないし。

またそんな変な言葉をどこで……

「バーカ。セイヤノバーカ」
「バーカ。ピロのバーカ」

言い出すと止まらなくて、お互いにずっと言い合いを続けた。

バーカバーカって何度も言い合って、最後には笑いあって。なんだかピロと一緒にいると、不思議な気持ちになる。

なんだろう……今まで感じられなかった何かがある。胸の中が少し温かくなっていく感じ。なんだろう……

「ピロ、バカヤダヨ」

ピロは少しムッとした顔でそう言った。

ピロの言葉にはイントネーションがなく不自然で、ちょっと面白い。

それもきっといつか自然になっていくんだろうけど。
「着いたよ」

家に着いたはいいものの、これからピロをどうしたらいいのかわからなかった。

家の中に入れるのは、おばあちゃんがいるからとても困難だ。

おばあちゃんにバレたら、きっとすぐに警察を呼ばれてしまう。

「ピロ」

いいことを思いついたわたしは、人差し指でピロの肌をつついて、大きく丸のポーズをしてみせた。

すると、ピロは少し戸惑いながらも、肌の色を透明に変えた。

ピロの肌の色は自由自在に変わるらしい。それを利用して、ピロの姿が見えないように透明にしてもらった。もちろん臓器もね。

そして透明なピロの手を引っ張りながら、ゆっくりと扉を開けて家に入った。

「星夜」

玄関にはすでにおばあちゃんが立っていて、怒っているような顔をしていた。

おばあちゃんは怒ってもあまり怖くないけど。

「ごめんなさい。今日は部活に行ってて、直接山まで行っちゃって。次から気をつけます」
「まったく」

おばあちゃんは呆れたようにため息をついて、リビングまで行ってしまった。

わたしは、玄関の端にピロを座らせ、「ここにいて」とジェスチャーで伝えた。

まるで犬に"待て"をさせているみたい。

わたしもおばあちゃんに続いてリビングに向かった。

今日は少し疲れたのか、自然と大きなあくびが出てくる。

伸びをしながら椅子に腰掛けると、おばあちゃんがご機嫌そうに寄ってきた。

「今日はビーフシチューよ」

おばあちゃんには、さっきの呆れ顔などどこにも見当たらなく、嬉しそうな笑顔だけが浮かんでいた。

「なんでビーフシチュー?」

おばあちゃんがビーフシチューを作るなんて、クイズ番組の景品で、大量の牛肉を貰ってしまって仕方なく作ってみた時以来。

「お隣の佐々木さんからいただいたの。牛肉をくださるなんて、ものすごくいい人よね」

お隣の佐々木さんと言えば、とても陽気で笑顔の絶えない優しいおばさんというイメージ。いつも何かあれば気にかけてくれるし、色んなものを譲ってくださる。

「でも、ニンジンとジャガイモは、スーパーで買ったの。まぁそこは許してよ」

おばあちゃんはふにゃっと笑って、わたしの目の前の椅子に座った。

このビーフシチュー、ピロにあげたいな。

「おばあちゃん。今日は疲れたでしょ?後はわたしがするから、おばあちゃん先に寝てていいよ」
「え、本当?じゃあお言葉に甘えて」

おばあちゃんの部屋は二階で、わたしの部屋も二階。だけど部屋は別々。

もちろんおばあちゃんのことを思ってだけど、本当はピロと食べたいからっていうのもある。そんなこと言えないけどね。
「ピロ」

リビングから出て、玄関にいるはずのピロに小さく声をかけた。

すると、ピロは気づいたようで、ドンドン足音をたててわたしの方に突進してきた。

「セイヤ!」
「痛い!」

ピロがわたしの上に乗っかって、楽しそうな顔をしていた。

それに肌の色は半透明で、いつもの臓器丸見え状態に。

「きゃあっ!」

思わず上に乗っているピロを突き飛ばしてしまった。

ぶかぶかのワンピースから少し覗いた心臓が、ドクドクと微かに動いているのが見えたんだ。

その瞬間、ピロも生きているんだって、わたしと一緒なんだって感じた。

だけど生々しいのが気持ち悪くて、つい飛ばしてしまったんだ。

それからなぜか、わたしの心臓の動きは、だんだん速くなっていく。

何のせいなのか。よくわからないけど。

「じゃあご飯にしようか」

とにかく話題をだして、その場の空気を作りあげた。
小さなお皿とスプーンとコップを用意して、キッチンに向かった。

キッチンには、シチューの残りが入っている鍋が置かれていて、それはまだ温かそうに湯気を立てていた。

わたしはお玉で少しだけ掬って、小さなお皿の中に注いだ。

それからコップに水を入れて、リビングのダイニングテーブルの上に並べた。

わたしは、いつもならおばあちゃんが座る椅子に、ピロを座らせた。

ピロは、目の前にあるビーフシチューを不思議そうに見つめている。

ピロの住む星のご飯ってどんなものなのかな。そもそも、食事をするっていう習慣はあるのかな。

「いただきます」

わからないことはたくさんあるけど、とにかくいただきますをした。

ピロは戸惑いながらも、両手を合わせて「いただきます」とわたしの真似をした。

そしてわたしは右手でスプーンを持った。

するとピロも真似してスプーンを持つ。

「あ、違う」

ピロは上からスプーンを掴むように持っていた。小さい子にありがちなやつだよね。

わたしは正しい持ち方に変えてあげて、覚えさせた。

ピロは何も知らないけど、頭がよくて覚えがいいため、なんでもすぐに身につけてしまう。

「……」
「あ、ごめん」

うっかりピロの頭のことに感心してしまい、ビーフシチューのことを忘れてしまっていた。

わたしは、中に浮かんでいるジャガイモを掬ってみせた。

するとピロも真似て、ジャガイモを上手に掬ってみせた。

そして口の中に運んでみせる。

ピロも真似する……

「ウァァアア!!」

ピロはいきなり大声を出して、その場に勢いよく立ち上がった。

「どうしたの」

なんだかその姿が面白くて笑ってしまった。

「ピロ、ヤダ!」

そう言って、ピロはまた椅子に座り直した。

ピロの口の中からは、湯気が出てきていて、とても熱かったんだなとわかった。

ジャガイモ、嫌いになっちゃったか……
そして次は、メインの牛肉を食べてみる。

これはピロも気に入るんじゃないかな。

「ン?」
「どう?」

牛肉を食べながら首を傾げるピロの表情は、だんだんすごいことになってきた。

「ヤーダ!」

なんと牛肉も気に入らなかったらしい。

わたしは今まで牛肉を嫌いと言う人になんて、出会ったことがない。

やっぱり住む星が違うと、文化も好みも違うんだろうな。

そして最後にニンジンを食べてみた。

ニンジンって子供の嫌いな食べ物の代表だよね。

そんなものを気に入るわけがない、と諦めながらもピロに真似させた。

「どう?」
「コレナニ?」
「ニンジン」

ピロは少し下を俯きながら、ニンジンを噛み締めていた。

すると表情が一変して、またその場に立ち上がった。

「ニンジン!!」

ピロはよくわからない動きをして、わたしに何かを訴えてきた。

手をうねらせたり、足をバタバタさせたり。

美味しかったのか、美味しくなかったのか。

もしかしたら、ピロの体に何か異常が起きてしまったのかもしれない!

「ピロ!大丈夫!?」

わたしが慌てて背中を擦ってあげると、ピロはわたしに視線を合わせて、ニッコリ笑った。

「ニンジン」

ピロはそう言って、指で丸をつくってみせた。

そうなの?ニンジン気に入ったの?

「ニンジン美味しかった?」
「ニンジンオイシカッタ?」

ピロはいつもみたいに首を傾げたと思えば、すぐに首を立てて大きく手を叩いた。

「ニンジンオイシカッタ!」

嬉しそうなその笑顔が、また子供らしく見える。

──ピロピロピロリン

その時、お風呂が湧いた音楽が鳴った。

そういえばお風呂はどうしようか……

まず水の中に入るということ自体、ピロの身体に悪影響を及ぼさないのか。でも、それを聞こうと思っても、まだ聞けない。

一応入れてみようかな。

そんな考え事をしている間に、ピロのお皿の中は、ジャガイモと牛肉だけになっていた。
「あれ」

コップの中には水がそのまま残っていた。

水飲むの忘れてたのかな?

とりあえず二人分のお皿を、流しに積み重ねた。

洗うのは明日でいいよね。


そして、大人しく椅子に座っていたピロを立たせて、お風呂まで誘導する。

「ゲポ」

何の音?と思い、後ろを振り返ってみると、ピロが恥ずかしそうに体を赤く染めた。

「宇宙人ってゲップするんだね」

わたしは一人でクスクス笑っていた。もちろんピロには理解できない言葉。だからわたしが独り言を言っているみたい。

ガラガラとお風呂場の引き戸を開けると、モワッとした空気が押し寄せてきた。

窓も曇っていて、壁にも水滴がたくさんついている。

わたしはチャポンと右手をお湯に浸からせ、温度を確かめてみる。

かなり温度が下がっていることから、長い間おばあちゃんを待たせてしまったことがわかった。

ピッと『おゆだき』のボタンを押して、しばらく浴槽を眺めていた。

──チャポン

その音はさっき聞いた音と同じ。ピロが手を浸からせていたのだ。

いけるかな?入れるかな?なんて少しドキドキしながら観察してみた。

すると、少しずつ指がふやけていって、グニョグニョと解け始めたのだ。

「ピロ、危ない!」

わたしは急いでその手を引っ張り、お湯から手を引っこ抜いた。

溶けていた指は元に戻り、いつも通りの指になっていた。

とにかく、ピロをお風呂には入れてはいけないということがわかった。
「フワァ」

ゲップの次はあくび。

意外と生理現象は人間と変わらなく、わたしたち人間とだいたい同じ臓器のつくりみたいだ。

今日は結構振り回しちゃったかな。きっと疲れているんだよね。

浴槽のお湯がちょうどいいくらいに湧いてきた頃、今にも眠りについてしまいそうなピロの目が、すでに閉じかけ始めていた。

部屋に連れていってあげようか。そんな勝手なこと許されるのかわからないけれど。

スッとおんぶしてみると、やっぱり体重は軽くて、すぐに持ち上がった。

しかし身長はわたしとあまり変わらないため、おんぶしても体がほとんどはみ出していた。

──ドクドクドクドク

この音はきっとピロの心臓の音。それは、わたしの背中の奥まで響いてくる。

ピロも生きているんだなって、その音から何度も確認する。

そしてなんだか耳元がくすぐったいなと思っていると、ピロが寝息を立て始めていたのがわかった。

おんぶしているため寝顔はよく見えなかったけど、絶対かわいいんだろうなと思いながら階段に足をかけた。

階段を上り終えると、左にある小さな部屋に入る。ここがわたしの部屋。

奥の方にベッドが置かれていて、手前の方にクローゼットやら収納家具が置かれている。

とりあえずピロをその場のベッドに寝かせるけど、さすがにシングルベッドに二人で寝るのは、いくら宇宙人だったとしても抵抗があった。

まぁまだ性別はわかっていないけど。

そうだ。こういう時に布団は用意されているんだ。

確か隣の部屋の押入れの中に、布団や枕などが入っていたような気がする。その隣の部屋は、誰の部屋でもなく、物置にされていた。

もしかしたらその部屋が、死んでしまったお父さんとお母さんの部屋だったのかもしれない。