「お父ちゃん、クッキーよ ちぃちゃな頃は、お菓子なんて食べれなかったから、花の蜜を吸ってまわってたのよねぇ、あれお父ちゃんが教えてくれたのよね お母ちゃんに見つかった時は みっともないって怒られたわよねぇ…」

懐かしむような 遠い目をして
朝ちゃんが言った。


朝ちゃんは、亡くなった旦那さんのことを
自分の父親だと思い込んでいる。




朝ちゃんの痴呆がはじまったのは、
おじいちゃんが亡くなって間も無くのことだった。

それまで何をするにも
おじいちゃんのことを考え、おじいちゃんの存在がすべてて、いわば世界の中心がおじいちゃんだった朝ちゃんは
介護の労苦が終わったのと同時に
自分の生きる意味を失った。

最初は軽い物忘れからはじまった。

傘や買い物したものをどこかに忘れてきたり
そのたびに朝ちゃんは照れ臭そうに笑ってた。
「お父さんの呆けがうつったかねえ」

そのときの朝ちゃんはどんな気持ちでいたんだろう。

その言葉は 半分冗談で 半分本気だったのだ。