階段を上りつめ、裏口から御堂に入った。
 十八畳敷きの真ん中に立ち正面を見た。
 天女を描いた欄間の奥に、黒漆と金色の金具で飾れた宮殿の中に仏像が見える。押入れに飾られていた仏像だ。
 数年前、学者風の僧侶が来た。
 大寺に鎌倉時代の仏像を買ったという古文書があるが、大寺には見当たらない、お宅のご本尊を見せて欲しい、と言う。一見すると、これは、と驚き呆れた声をだして座り込み、振り返り、咎めるように見詰めてきた。何も言うな、という思いをこめて見返した。僧侶は黙って視線をはずし、仏像に向かって正座し、合掌礼拝して立ち去った。
 鎌倉時代、まさか、売り手の口車に乗ったのだろう。父が仏像を
手にした事情は知らない。八十年前の事だ。 
 腕を組んで歩き回った。
 この寺の前途、と考えかけ、そうだ、と呟いた。
 
 吉君に聞いてもらおう。
 半年前から独り暮らしだ。
 飯を炊くことは覚えたが、おかずは宅配だ。掃除はヘルパーを頼んでいたが、相手をするのが嫌になり、断った。
 娘と息子はマンション住まいだ。妻は施設にいる。
 妻が認知症を発症したのは遺伝子のせいであろうが、ぼくのせいでもある。お庫裡さんと言う言葉も知らない世間知らずであったのを、誑かすようにして連れてきた。数日で出ていく、と言い出したのを、あの手この手で宥め、居つかせた。虚栄心が強く思い込んだら一筋なのを利用し、いいお庫裡さんだ、と言われるまでに仕立てた。無理に装っていたのに気づかなかった。
 最初は置き忘れられたのを人のせいにし、盗られたと騒ぎ立てていたが、それも忘れたらしい。童女のような言動をするようになった。