「お前なぁ…マジでそんな事考えてたのか?」


「…まぁ」


「んな事言ったら、なんの為にお前をここに呼んだかわかんねぇだろ」



あ、やっぱり?


『ですよね~』と苦笑しながら
サラダのトマトを食べた。




すると突然…



「なぁ…どうしてそんなに頑張るんだ?」



食事をしていた先生は箸を止め
いきなり真面目な顔しながら聞いてきた。



「頑張るって…何を?」



先生が何の事を言ってるのかわからず、あたしは首を傾げた。



「無意識か?お前、何するも頑張りすぎ。我慢しすぎ。いつか身を滅ぼすぞ」



滅ぼすって…。

あたし、別にそんなに頑張ってないよ。


我慢するのにも慣れてるし…



「先生は考えすぎです」



それか気にしすぎ。

そんな事を言われたの初めてで
あたしはただ、それしか思わなかった。



その返事に呆れたのか
先生は無言で
食べ終わった食器を片付けた。



そんなに悪い事言ったかなぁ…。



よくわからない先生の反応に疑問を感じながら、あたしは食事を続けた。



すると…
食器を洗い終わった先生は
あたしが座るテーブルに近づき
ジッとこちらを睨んでいる。




「な、なんですか?」



そんなに見られてると
食べづらいんですけど…。


先生の顔を見ずに
早々と食事を進めるあたしに
先生は突然…



「倒れる前に、気付けよ?」



なんだか意味深な事を口にした。


何の事か聞き返す前には
もう先生はキッチンを出て行ってしまい、聞けずじまい。





最近の先生は
久しぶりに会ったあの日に比べ
ちょっと変わった。


どう変わったかと聞かれると
イマイチ説明しづらいんだけど…



でもちょっと
人間らしくなった気がする。


最初は『医者』って肩書きが強すぎた。

言い方も厳しく
説教も多くて近寄り難かった。


終いには医者のくせに、平気で患者にあるまじき言葉を言い放つ。



まさに悪魔のボスだ。


最近の先生は
まさか天使が舞い降りたのか?


言い方は相変わらず自分勝手な事ばかりだけど、家に呼んだりはちょっとだけ優しい気がする。


もしかしてさ
先生あたしの事…












同情してる?




1人ぼっちで
病弱で
可哀想な子…?



「何思ってるんだろ。変な事を考えるのはやめよ」



自分で否定しながら
食べ終わった食器を洗い始めた。





――……速水side *。+†*



身支度を済ませた俺は
いつも通り病院に戻った。



結局昨夜は
一睡も出来なかった…。


柄にもなく緊張するなんて
俺…気持ち悪ッ。


俺は欲求不満か?


いや、仮にそうだとしてもだ。
(そうなのか!?)

襲う為に呼んだ訳じゃないんだから、しっかりしないと。




…にしても咲桜ちゃんは
どうしていつも自分を追い詰めるんだ?



まさかと思って聞いてみれば
本当に発作起こしても
『軽いから』とか言って我慢する気だから恐ろしい。


なんの為に俺の家に来たのかも
全然わかってない。



彼女はいろいろ頑張りすぎ。


そういう性格なのか?
それとも
そういう環境で育ったのか?



彼女の両親との事も
やっぱり気にはなるし…
何か関係あるのか?



…とは言っても
俺はそこまで踏み入れてはいけないから。



俺の仕事は
彼女の喘息を治す事と
彼女の異変にすぐ気付く事。


あの感じだと
死にかねない。



ここに連れて来たのに
そんな事させる訳にはいかない。



死なれてたまるか。




――……速水side END *。+†*




速水先生の家に居候を始めた
翌日…。



「本当にいいのかなぁ…」



優柔不断な性格らしく
未だに先生の家でお世話になる事に迷いありのあたし…。


『条件に釣られたから来た』って誤解も解けてないし。

たぶんまだ勘違いしてるよね。



とは言っても。
『女に二言はない』って勝手に言いながら、アパートの荷物と一緒にお引っ越し。


もはや開き直り?



「えっと…確か20階だっけ」



エレベーターに乗り込むなり
1人オロオロしながらボタンを押す。


とにかくソワソワしてるよ
あたし。

当たり前だけど慣れません。



エレベーターが到着し
部屋の扉を開けても…



「お…おじゃまします」



『ただいま』なんて言えません。

彼女でもないのに図々しい。






『彼女』




その単語を言いながら
ふと、ある事を思い出した。





確か先生
彼女…



「いるんだっけ…」



すっっっかり忘れてたッ


いるんだよ
彼女!



もしその彼女がここに来て
知らない女が自分の彼氏の家にいたら、それこそ修羅場間違いなしだよ。



そうなったら
あたしは無事でいられる自信がない。



でも、もしだよ?

『もしかしたら』彼女いないかもしれない…。


一応それなら
すぐここを出て行く心配はしなくてもいいけど…




どうして今気付いたんだろ



「ってか、アパート解約しちゃったよ…」



出て行くにも
少し遅かったみたいだ。



「あ゙ぁ゙~~~ッッ!」



色々考えて過ぎて
頭がパンク寸前のあたしは
主人のいないマンションの一室で奇声をあげた。



きっと今廊下に人がいたら
『奇妙な声がする』って
警察を呼ぶかも。





悩んでいても仕方ないので
通院ついでに先生に直接聞こうと病院に向かった。





***


病院。



「は?」



速水先生はペンを動かしていた右手を止め、あたしに迷惑そうな顔を向けた。



診察室に入った瞬間に
『彼女いるんですか?』って聞いたのは、間違いだったみたいだ。


…当たり前か。



「俺に何だって?」


「あ、いえ…なんでもないです」



あまりの威圧感に
もうこれ以上は言えません。



「俺の事より咲桜ちゃんは自分の事を考えなさい」


「…はい」



最近この言葉
お決まりになってませんか?



仕事モードの先生は
まるで別人。
プライベートを持ち込まない。


そして
ヤケに厳しく、怖い。



だけどこればかりは
聞いとかないとあたしの生活がかかってます。



このまま知らずに住んでいて
いきなりドッキリバッタリ
彼女と鉢合わせなんて


絶ッッ対イヤだから!!!



「だから先生!彼女はッッ」


「あ゙?」


「す…すみません」



思い切って聞いてみるが…
撃沈。



やっぱり病院にいる『医者』の速水先生に聞くのはダメか。



諦めて大人しく診察を受けた。




すると…




「いない」



聴診器で胸の音を聴いたあと
先生に背中を向けまま服を直していたあたしの後ろから、小さな呟きが聞こえてきた。


今確かに
『いない』って聞こえた。

それってつまり…



「彼女いないって事ですか?」



丸椅子をクルッとまわし
また先生と向かい合わせになって聞き返した。



「いない。何度も言わせるな」



カルテに何かを書きながら
先生は無表情で答えた。


先程まで触れる事すら許されなかった話題に、先生が答えたよ。


いや、まぁとにかく助かった



「良かった…」



『これで部屋の出入りは大丈夫』とホッとした。



「何が良かったって?もしかして俺の事好きにでもなった?」



え、なんだって?
何がどうなって、そうなる?



「咲桜ちゃんが俺の事をねぇ~」


「違います!!もし先生に彼女いたら、家に住めないからッ!!」


「オイッ!バカヤロ、声がでかいッ」



先生は小声で少し怒り気味に
自分の人差し指を口に当て
『しーッ』と口止め。




あ。興奮して思わず声が大きくなってしまった。





「頼むからその話をここでするのは辞めてくれ」



先生は、まわりに聞かれていないかキョロキョロと辺りを見回しながら、小声で注意した。



「あ、はい。ごめんなさい…」



先生が職を失ったら困る。
だけど
どうしてそこまでして
1人の患者を受け入れるのか…



「とにかく、住む事に関しては何も気にするな」


「はい…」



『気にするな』って
もう何度も聞いた。


あたしも住むと決めたんだし
彼女もいないみたいだし?
もうこの辺で諦めてあげようと思う。(え、何様?)




診察を終え
待合室に戻ろうとした時



「咲桜ちゃん」


「はい?」


「ちょっと…」



先生に呼ばれ振り返ると
『こっちに来い』と
手招きされた。

…なんだ?



「当分、帰りが夜中くらいになるから、起こしたら悪い」


「いえ、大丈夫ですけど…」



先生気を使ってくれてるのかな?

あたしの事なんて
どっちでもいいのに。


それにしても医者って大変。
そんな遅くまで仕事するなんて…



先生
体壊さないといいけど…。



彼女じゃないけどさ
心配くらいしてますよ。




心配もだけど
居候する以上は
最低でも掃除・洗濯くらいはしないと。


先生がいない間の家事は
出来るだけ務めた。


勝手に部屋に入ったり
勝手に物を動かすのは良くないから、掃除機くらいしか出来ず…


洗濯なんて
先生の、し…下着…とかを
ドキドキしながら洗濯機に入れ
ドキドキしながら干す。


なんかまるで
ご主人様のメイドの様に…
って、それはないか。





それから1週間…。


先生は
1時や2時の深夜に帰って来て
暫くするとすぐに出て行く生活が続いていた。


帰って来るのは
3日に1回くらいのペース。



どうして夜中に帰って来るのか
深くは聞かなかったけど
仕事だとは思っていた。


でももしかしたら
あたしに遠慮して
顔を合わせない様にしてるのか?



…とか
マイナスな事も頭に浮かぶ。

毎度ネガティプ思考のあたしは
つい悪い方に考えてしまう。

素直じゃない女…。




この1週間
なぜか発作も起きず
あたしには平穏だった。

これだったら
居候してなくてもいいかな?とかまた勝手な事を考える。


そんな事を先生に言えば
きっとまた
『1週間くらいで気を抜くな!油断してる時が1番危ないんだ!』
とか言いそう。


だから黙っておこうかな。


そんな事を考えながら
あたしは今日もまた先生の家から学校に向かうのでした。