さてと…



「咲桜ちゃん、どうしてここがわかったんだ?」


「それは…」



言いづらいらしく
俺と目を合わせない。


まぁ粗方『後をついて来た』ってとこだろうけど。


それより問題は…



「なぜあんな危ない事したんだ」



ナイフを持って向かってくる男の前に現れるなんて…

死にたいのか?



「…ごめんなさい。でも、先生が刺されると思って…」


「あのなぁ。護身術くらいは知ってるから。ナイフを持つ事自体にビビる男に殺されません」


「…ごめんなさい」



だがまぁ…
彼女は俺を守ろうとしてくれたんだよな。

自分が1番怖いはずなのに…



「危ない事したのは宜しくないが助けてくれたのは確かだ。…だから、ありがとう。」



咲桜ちゃんが目を丸くして驚いているんだが…なぜ?

このタイミングで礼を言うのは
おかしかったか?

それとも俺が礼を言うのが
おかしいのか?


まったく失礼な。



「帰るぞ」


「ねぇ…先生?」


「ん?」


「さっきの警察官は…知り合いなんですか?」





そう言えば
大事な事を説明してなかったな。

咲桜ちゃんに偉そうな事言っておきながら、思いっきりアイツを連れて来たから。

イヤな思いしてるよな…



「さっきの警官の服着た男とは、高校からの腐れ縁」


「友達…ですか?」


「悪友だ」


「はぁ…」



あんなのと『友達』とは言えたもんじゃない。

昔は
教師も泣かす問題生徒。

金髪・煙草は当たり前。
制服なんて着もしない。
常に私服のスウェットだから。

授業中は
煙草・寝る・暴走。
放課後は
ゲーセン・カラオケ・合コン
そして補導。


そんなどうしようもない男が
今じゃ職業『警察』やってるんだからな。

この世もお仕舞いだと思うよ。


話が逸れたが…



「まぁそんなヤツに、今回の件は内密に色々調べてもらっていたんだ」



それから
今までの事を全て話した。


ストーカー男に前科があり
現在も執行猶予中だって事。

携帯の動画で終始録画して
後で送るというのもアイツの作戦だ。
(ボイスレコーダーも念の為)


『口で説得しても言う事を聞かない場合、痛い目に遭わせてから俺を呼べ』

と、警察らしからぬ言葉を残し
ヤツは逃げていたが。



「そうだったんですね…」


「アイツには、咲桜ちゃんの名前を出さない様にストーカー男の処理は頼んである。まぁ安心して大丈夫だ。高校時代は、いいかげんなヤツだったが、警察官になってから意外にしっかりしたから」


「はい。先生を信じてるので大丈夫です」



何が大丈夫だって?
と言うか
俺にプレッシャーを掛けるな。

そして
人を簡単に信じるな。



「騙されないように気を付けてくれ」


「はい?」


「咲桜ちゃんは、本当に危なっかしいよ。ストーカー相手に飛び出してくるんだからな」


「アハハ…」



気まずそうに苦笑いする彼女は
どうやら自覚はあるらしい。



「なんの為に黙って来たのか、わかったもんじゃない」


「先生…怒ってます?」


「当たり前だ」



預かった大事な娘に何かあったら俺は自殺もんだ。


こんな事で喘息を酷くしたら
医者も失格だ。


そして…
守ってやれなかった俺は
男失格か。



「本当、無事で良かった」


「先生…」


「帰るぞ、家に」


「はいッ!」





こうして
ストーカー男とは決着がつき
すべて終わった。



――……速水side END *。+†*




それから…

先生の悪友さんが上手に処理してくれたみたいで、ニュースにはなったけど、あたしの名前は出てこなかった。


そしてこの事件は幕を閉じたのだけど…





「服捲って」


「はッ、はいッッ!!!」



最近のあたしは
自分で言うのもアレだけど…
かなり変。


先生に会うと
なぜか動機が激しくなる…


それは
ストーカー男に感じた"恐怖"とは違う何か…。



「触れるけど平気か?」


「はい…大丈夫です」



あんな事があってから
先生はあたしを怖がらせない様に気を使ってくれている。


もうだいぶ怖くない。
先生がいるから、安心出来る。



…なのに



「やっぱり怖いか?脈が速い」



ドキドキしっぱなしで
毎回診察で先生に心配をかけている。



「だ、大丈夫!怖くないッ」


「けどなぁ…。他にどこか体の具合が悪いか?」



だから悪くないの!
怖くもないし本当に大丈夫なんですよ!


だけどあたしにもわからない。
先生に触れられるの…
イヤじゃないのに。



「何かあったら早めに言え。1人で抱え込んで、自分でなんとかしようとか考えるな」


「はい…」



やっぱり先生の優しい言葉は
あたしをドキドキさせる。

どうしてなんだろ…。






***


診察を終え
会計していた時
足早に通りすぎる速水先生を見掛けた。


『お医者さんは忙しくて大変だ』なんて呑気に思いながら
会計後、病院の玄関に向かう。


すると
またも速水先生を発見。


幼い子供連れの女性と
何やら話をしている様子。

よく見る光景なはずなのに
なぜか違和感を感じた。



「あ…。先生が子供を抱っこしてる…」



ちょっと驚いた。

まぁそれもよく見る光景だけど
"先生が他人の子供を抱っこ…"
違和感あるって。


それにその女性…
見た目が若い。

長身のスレンダー美人さん。
パンツが見えるんじゃないかってくらいのミニスカート。
胸元も大きく開いている。

年齢は速水先生くらいじゃないだろうか…。


そんな美人ママに子供…



まさか先生の子供…?





ないないない

先生"彼女いない"はず。
でももしかしたら
"彼女"はいないけど
すでに結婚はしてたりして…。

一緒に住んでない所からすると
"離婚"してたりして?

まさか
"愛人"・"不倫"


もし事実なら
先生…幻滅だよ




マンションに帰り
リビングでテレビを見ながら
やっぱり気になるあの女性。





たぶん
ただの患者さん。


そんな当たり前な事
わかっているはずなのに
なんかちょっと…イヤ。


今まで全然思わなかったのにな…




  ♪~━…




テーブルに置いてあった携帯電話が着信を知らせた。



相手は
速水先生…。




ドキッとする。

今まで先生の事を考えてた
このタイミングで
先生から電話なんだもん。



恐る恐る携帯を開き
通話ボタンを押した。



「…もし、もし」


『あ、咲桜ちゃん?急に悪いな。今からたぶん、子供連れの女がそっちに行くかもしれない』


「えッ…」



それって…さっきの?



『俺もすぐ帰るから、適当に扱っといて』



そう言って
先生は急いでたらしく
一方的に電話を切ってしまった。



…で?

来るのッ!?


元妻だか
愛人だか
不倫相手だかわからん人と
ここで会えと!?


適当に扱うって
どうしろと!?



先生が来る前に女性が来るのは
やめてほしいんだけど…




━━━━ピンポーン…



悪いタイミングで
マンションのチャイムが鳴った。






嘘…
来ちゃったっぽい…?



モニターを確認すると
先生が言ってた女の人…と子供。

あのミニスカート…
さっき見た人で間違いなさそう。





頭の中
真っ白。


ここは先生のマンションであってあたしの家じゃないのに、来客を勝手に上げろって…

ダメでしょ。


それに
その先生の結婚相手…らしき人と何を話せばいいの?



『何よ!この泥棒ネコ!!!』



とか修羅場はイヤだよ!?




アワアワと慌てふためくあたしを他所に、再びチャイムが鳴る…。



出なきゃイケない
状況らしい…。


本当の事を説明すれば
きっと!
…たぶん…
信じてくれるはず…。
そんな自信ないけど
殴られるの覚悟で
マンションの扉を開けた。



「あッ!アナタが咲桜ちゃんねッッ!?」



女性と目が合うなり
突然興奮しだす…。


ってか…
あたしをご存じですか?



「えっと…」



頭の中が未だ整理が出来ず
何から説明すればいいのか
1人、パニックになる。

そんなあたしにお構い無しの女性は…



「翔灯から話は聞いてるわ~!本当に可愛い彼女さん♪」





『確かに間違いないわ』
とか何とか
1人で納得しながらニコニコと笑顔を振りまいてきた。



「あの…アナタは…」


「入るわね~」



あたしが聞き終わる前に
ズカズカと部屋に入り込む。




…ですからね?



「アナタは…」


「あ、ちょっと台所借りるわね?瑠樹(るき)がミルクの時間なのよ~」



ダメだ。
全然まったく
人の話を聞いてない。


だいぶ図々しいお方だけど…
本当に…


誰ッ!?



「あのッ!!」



あんまり人の話を聞かないから
思わず大きな声で呼んでしまったよ…。



「はい?」



彼女はようやく手を止め
あたしの言葉に耳を傾けた。

良かった
これでまともに話が出来そう。



「あのですね?どちら様でしょうか?あたしが言うのもアレなんですが…せん…じゃなくて、速水さんとは、どういった関係なんでしょうか?」



本当に
居候のあたしが言うセリフじゃないよ。

わかってますよ。

ですけど
ちょっと"間"が空けば
このお方、人の話を聞かなそうなので。

今1番知りたい事を
率直に尋ねてみました。





「翔灯の何に見える?」



え。



予想外の返事に…
と言うより
質問を質問で返された事にビックリ。



何って
だから…



"元妻"
"愛人"
"不倫"



…どれも言えない。
触れちゃマズイワードばっか。


とりあえず
無難な所で…



「身内…ですか?」



ない知恵絞って必死に考えたんだから、これで許して。



「それは"妻"って事かしら?」


「えッ…」


「そっかぁ、そう見えるのね」



いや、まだ何も言ってないんだけな…。



「フフフ…答えはヒ・ミ・ツ」



今語尾に"ハート"が見えた気がする…。

ヒミツって意味深。



どんな関係かも気になるけど
この人のテンション…
ついて行けない。



そんな彼女とあたしの
終わりの見えない会話が続く中
ようやく話がわかる人物が現れるが…



「椿!!!」



先生…
タイミング良く来てくれるのは嬉しいけど、呼び捨てって…



「あ、翔灯ッ!おかえり~♪」



『おかえり』って…お姉さん
ここはアナタの家ですか!?


やっぱアナタ達
どんな関係!?