せめて眠るまで
傍にいてやりたかったんだが…
さすがにまた拒絶されるのは
ツラいからな…
「吸入器、置いておく」
複雑な心境で
ベッドの上に置く。
「待って…先生」
「ん?」
「…ここに…いてほしい…です」
咲桜ちゃん…
「…平気か?」
「…はい」
「わかった。でも…着替える間は外にいる…から」
男の前で脱がせる訳にはいかないしな。
━━━━━━……
しばらくして彼女の部屋に戻り
出来るだけ離れた場所に椅子を移して腰を下ろした。
「「………。」」
座ったはいいが沈黙が続く。
そんな中
先に口を開いたのは
咲桜ちゃんだった。
「こんな姿見て…先生、驚きましたよね…」
俺と目を合わさない様に
俯いている。
何も答えられなかった。
確かに彼女の言う通り
洋服や痣を見た時は
驚いたから…。
「迷惑掛けない様にしなきゃって思って…言えなかったです…」
「迷惑って…俺にか?」
「…はい」
「お前なぁ…」
この娘…怒ってもいいか?
今は…やめとくか。
代わりに俺は
率直な今の自分の気持ちを
彼女に伝える事にした。
「倒れてる咲桜ちゃんを見た時…怖くなった」
「え…」
俯いていた咲桜ちゃんは
驚いた様で顔を上げ
目を合わせてくれた。
だから俺は続けた。
「死ぬんじゃないかって…医者のくせに、医者である事を忘れて、自分を見失って…怖くて仕方なかった」
こうなると
羞恥なんてどうでも良かった。
言ってる事は
何も間違っちゃいないから。
「『守る』なんて言ったくせに、何もしてやれなくて…苦しんでいた事にも気付けなかった」
「先生…」
「…本当に悪い。だが…生きててくれて良かった」
そう言った時
咲桜ちゃんは唇を噛みしめ
下を向いてしまった。
「どしたッ!?苦しいか!?」
しかし彼女はフルフルと首を横に振り、小さく呟いた。
「先生は…何も悪くない。そんな…謝らないで…」
その声は震えていた。
彼女は泣いていたんだ…。
涙がポタッ…ポタッ…と
布団に落ちていく。
「なぁ…咲桜ちゃん?」
「…はい」
「俺の為に…何があったのか話してくれないか?」
「え?」
「話してくれない方が迷惑に思うよ。だから…」
「…はい」
強引だったかもしれない。
本当は俺から言うつもりもなかったんだけどな…。
だがこんな事になって
俺も…
いや、俺自身が
恐怖心から抜け出せず
焦っていたんだろう…。
「でも先生…」
「どうした?」
「話すから……あたしを…嫌いにならないで…」
「え?」
嫌い…?
俺に嫌われるのがイヤなのか?
どうしてそんな事を
言うんだ…
「何バカな事言ってんだ。嫌いになる訳ないだろ?」
「…よかった」
ホッとした様で
精一杯の笑顔を俺に向けた。
それはあまりに苦し気で
見るのがツラい。
「すべて…お話します」
「…ありがとう」
それから聞いた
すべての真実…。
『好きです』と書かれた
小さいメモから始まり
非通知…
気配…
花束と手紙…写真
そして
強姦されかけた事…
「ぁたし…なにも、されてない。なにも…。服…破れた…だけ。他はなにも…だ、から…」
咲桜ちゃんは話ながら
徐々に全身が震え始め
先程の様に怯えだす。
「悪かった。もういい…何も言うな…」
「なにも…大丈夫…平気…こ、わくな…い」
「咲桜ちゃんッ!」
言うな
言わないでくれ
思わず大きな声で呼んだからか
咲桜ちゃんは驚き俺を見るが
絶えず、ずっと…彼女の目から涙が溢れていた。
その涙に
俺は後悔した。
『思い出させるんじゃなかった』と…。
抱き締めてやりたかった。
だが…
今ここでそれをすれば
俺も咲桜ちゃんを襲った男と
同じになる。
また怖がらせてしまう。
さっきの1回が
俺にとっても彼女にとっても
精一杯だ…。
情けないが
遠くから咲桜ちゃんを見守るしか出来ない。
それに今は
そっとしといた方がいい。
「悪かった…。もう…考えるな。今はゆっくり休むんだ…」
『何かあったら遠慮せずに呼べ』そう続けて
俺は部屋を出て行く…。
焦っても
彼女を怖がらせては意味がないのに、俺は何をしてるんだ。
しっかり落ち着いたら
今後の事を考えよう。
だけど…
許せなかった。
こんな事した野郎が。
どんな理由にしろ
女の子に…
咲桜ちゃんに手を出しやがって
許せる訳がない。
――……速水side END *。+†*
先生に助けてもらい
すべてを話してから
数日が経った。
体の具合は
病院で治療を受けたから
もう平気。
だけどドクターストップで
速水先生から寝てる様に言われているから、ベッドから出られないんだけどね。
精神的には…
まだ回復が出来ず
大学は休んでいる。
明里には
『喘息の発作』とは言えたけど
ストーカーの事は話せないまま。
きっと心配してる。
だからちゃんと話さなきゃいけないんだけど…
その事には触れたくない自分がいて、誰とも顔会わせたくなくて…
まだ怖いの。
携帯電話はまだ開けず
電源を切ったまま
先生が預かってくれている。
体がしっかり治ったら
携帯の番号を換えに
ショップに行くつもり。
それですべてが終わる訳ではないんだけど。
それ以上に
あたしが1番苦しめられたのは
夢…だった。
眠れば男の行動や手紙の内容を
鮮明に思い出す。
あたしはそんな繊細な心をしている訳ではないのに…
夢に出てくるぐらいなんだから
重症なんだと思う。
「喉渇いたな…」
何か飲もうと部屋を出て
キッチンで冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。
「起きてたのか?」
後ろから聞こえてきたその声に
一瞬ストーカー男を思い出し
あたしはビクンと体が硬直した。
恐ろしくて後ろを振り返る事が出来ず、震えから、持っていたペットボトルを床に落としてしまう。
「咲桜ちゃん…?」
『姫宮さん…』
【あの男が、あたしを呼ぶ】
まだその錯覚と悪夢が
頭から離れない。
「ぃ……ゃ…ッ」
ガクンと膝から崩れ落ち
両手で耳を塞ぐ。
「落ち着け…大丈夫だ」
今度は隣から聞こえてきたその声は、聞いた事があった。
あの男の声じゃない…
恐る恐る耳を塞いでいた手を放しゆっくりと横を向いた。
「先生…」
スーツを着た眼鏡じゃない先生が心配そうに、こちらを見つめていた。
「大丈夫か?」
気を使ってくれてるみたいで
あたしと距離を空けて
必要以上に触れたりせず
優しく声を掛けてくれる先生。
そんなアナタに
あたしは酷い態度をとったんだよね…。
「驚かせて悪かった…。後ろから話しかけるのはやめるな?」
先生は何も悪くないのに
イヤな思いさせた…。
「ごめんなさい…先生が怖い訳じゃないのに…」
「気にするな。あんな事があったんだ。怖いのは当たり前」
先生の言葉は
いつだって優しくて
あたしを安心させてくれる。
だけど
そればかりに甘えてちゃ
いけないんだよね…
「ねぇ…先生?」
「ん?」
「全部…終わらせたいです…」
ちゃんと解決しないと
あたしはずっと
このままな気がする。
前に進まなきゃ
これ以上先生にも迷惑掛けたくない…。
「わかった。いいんだな…?」
「…はい」
「じゃあ警察行って、被害届を提出して…」
「警察…ですか」
それはちょっと…な。
あたしの事なんだから
そうも言ってられないんだけど…
警察ってなれば
あたしは未成年だから
お母さん達に知られちゃう。
仕方ないか…。
「警察はイヤか?」
「え?」
「顔に書いてある。『警察沙汰は勘弁してくれ』って」
嘘ッ
あたしそんなにわかりやすい顔してたの!?
「え、と…それは…」
まさかの大当たりに
言葉が出てこない。
先生は鋭いから
ヘタな事が言えないし。
「安心しろ。ヘタな事はしないから」
「え…」
「俺に任せといて」
そう言うと
ニコッと優しく微笑みながら
あたしの頭をポン、ポン…と
軽く叩いた。
任せろって…
先生は何をするんだろう?
「あッ、悪い!」
先生は急に焦った声で謝ると
パッと手を放した。
「どうして謝るんですか?」
「いや…頭…触れたら…」
『油断した』と
申し訳なさそうな先生。
ずっと気にしてたんだね。
「先生は大丈夫。怖くない…」
それは本当。
パニックの時は
頭の中が真っ白になってたから
声を掛けたのが先生であっても
みんなあの男に思えて
自分でもわかんないけど
恐怖しかなかった。
だけど
先生が冷静に戻してくれて…
頭の中と見てる者が
先生だって理解すると
なぜか安心するの。
「良かった…。そう言ってもらえると助かる。発作の処置に困るからな」
まぁ…
それはそうですけど…
さすが
お医者様。
「1つだけ…。その男の名前とか特徴とかを知りたいんだが…」
助けてくれようとしている先生の役に立たないと。
元は自分の事なんだから。
「見た目は黒髪に眼鏡。身長は…たぶん先生よりかは低かったと思います。でも、すみません。名前は…わからないです。」
「言わせて悪い」
「謝らないで下さい」
こっちこそ
謝りたいくらいですよ、先生。
「大学の生徒で間違いないとして…顔をちょっと拝見してくるか」
独り言を呟きながら
何やら考えている様子の先生。
でも今
『顔を拝見してくる』って言ったよね?
それは結構危ないよ?
それに捜すなんて
広い校内じゃ難しいはず。
「まずは情報収集からだな。時間が掛かるかもしれないが…もう少し待っててな?」
先生はやっぱり大人だ…。
冷静に今後を考えてる。
だから安心出来るのかな?
ううん…
たぶん先生の優しい性格が
そう思わせてるんだ。
先生が一緒なら
きっと大丈夫。
怖くない。
だから…
「あたしが…大学に行って、彼を呼び出します」
あたしにも何か出来る事をしなきゃ。