3年ぶりに
この病院に来た…。
「はぁ…」
溜め息をつき
重い足取りで通い慣れた病院へと入って行く。
『病院に通い慣れる』なんて
普通言うか?
あたしの名前は
【姫宮咲桜】
(ひめみや さくら)
19歳、一応大学生。
子供の頃からよく体調を崩し
毎日の様に病院のお世話になっていた。
幼い頃から
病院独特の色やにおい、雰囲気等には慣れっこ。
そんなあたしも
もうすぐ成人。
子供の頃とは違い
ほとんど体調も崩さず
高校も卒業。
今は大学にまで通ってる。
そんなあたしだけど
今回は久しぶりに風邪気味の為
薬をもらおうと
掛かり付けの大学病院に来た。
「なんか久しぶり…。あんまり変わってないなぁ…」
10人以上が一気に入れるんじゃないかと思うくらい大きな自動ドアから、広々とした院内へと足を踏み入れる。
相変わらず広すぎるロビー。
何度来ても受付の場所がわかりづらい。
だけど慣れってスゴイね。
しっかり迷わず受付出来るんだもん。
真っ白な廊下を
時よりすれ違う看護婦さんや患者さんに挨拶しながら、1人静かに歩く。
目的地は
呼吸器内科。
風邪をひいたら
普通は内た科に行くものだけど
あたしは呼吸器内科。
もともと気管支が弱く
ウイルスやアレルギー等で
炎症を起こしやすいみたい。
だから風邪ひいた時は呼吸器も診てもらわないといけない。
喘息や肺炎の併発を防ぐ為に。
待合室に到着し
椅子に座って呼ばれるのを待っていると、看護婦さんに呼ばれた。
案内されたのは
3つの扉のそれぞれに
A・B・Cと記されたうちの
Aと書かれた診察室。
「失礼します…」
入ってすぐ
眼鏡を掛けた白衣姿の若い先生と目が合った。
彼は
【速水翔灯】先生。
(はやみ かざと)
あたしが高校生の時は
まだ研修医だった。
主治医の先生の助手をしていて
よく話もしたけど。
まさか白衣を着るほど昇格していたとは…。(失礼すぎです)
あの時は確か24歳。
だからたぶん
今は27歳くらい。
そんなに若いのに医者って…。
「咲桜ちゃん、久しぶりだね。今日はどうしたの?」
ボーッと先生を見つめて
そんな事を考えていると
速水先生は見ていたカルテを机に置き、あたしに目線を移した。
まっすぐ見つめるその目は
先生っぽい。
実際
先生なんだけど。
「いつの間にか先生になったんだね」
聞かれてる事に無視し
知らない間に、聞きたい事を口に出してた。
「僕の質問に答えてね?今日はどうしたの?」
「先生って眼鏡掛けてたっけ?」
結局また質問に答えず
速水先生は『はぁ…』と溜め息をついた。
「あのなぁ。俺の事より、今日はどうしたんだ?遊びに来た訳じゃないだろ?」
いきなりタメ口になり
さっきまでの優しく穏やかな言い方はない。
さらに『僕』→『俺』に昇格。
大変身だ。
それとも二重人格なの?
「風邪ひきました」
さすがに答えないと
ここに来た意味がないと思い
ようやく素直に答えた。
「まったく…。初めからそう言いなさい。熱測って」
そう言いながら
机の鉛筆立てから体温計を取り
あたしに渡してくれた。
脇に挟み鳴るのを待つ間も
先生の質問は続く。
「風邪ひいたのはいつ?」
「2・3日前から…」
「症状は?」
「喉と頭が痛いくらい…」
あまりにちゃんとした診察に
改めて先生なんだと実感する。
(本日2度目の失礼)
ピピピ…
体温計が鳴り
脇から取りだし表示を確認すると微熱程度でホッとした。
先生に体温計を渡すと
確認して無言でカルテに記入している。
この人は
変わったと思う。
昔より少し近寄り難くなった気がする。
前はもっとよく話したのに
先生になると変わっちゃうものなんだろうか。
「ちょっと胸の音聴くから服捲って」
「…はい」
あまりに淡々と言うから
恥ずかしいとか緊張するとか
考えなくなる。
だけど
聴診器を当てながら
ちょっと険しい顔する先生に
不安になった。
「不整脈もあるんだっけ…。一応心電図も測っておくか…」
先生は
あたしに言ってるのか
看護婦さんに言ってるのか
まるで独り言の様に呟きながら
カルテに何やら書き込んでいる。
確かにあたしは不整脈がある。
突然脈が速くなって
すぐ落ち着く。
でも心臓に問題のある不整脈ではないし、特に心配する事はないと聞いている。
「あたしの不整脈…何か問題ありましたか?」
また心電図なんて言うから
ちょっと怖くなった。
「そういう訳じゃないよ。最後に測ったのが高校生だったから、新しい記録も残しておこうかと思っただけ」
「…そうなんですか」
それならそうと言ってほしい。
それでなくても
気管支は悪い、不整脈もあるなんてイヤで仕方がないんだから。
「あとで循環器科で心電図検査してもらって」
「…はい」
「喉の様子診るから口開けて」
また淡々と医者らしく診察を始める速水先生の言う事を、ただ黙って従う。
さっきから
カルテを見ながらしゃべってるから、まるでカルテを診察しているみたいだ。
「喉も赤いね。抗生物質と念のため解熱剤を処方するね」
「…はい」
「もしあまり酷くなる様だったらすぐに病院来てね?」
あたしは何も答えなかった。
段々イライラしてきたから。
前から知っているのに
何この義務的な対応は。
確かに仕事だし?
あたしは患者で診察に来てる訳だから、しっかり治療しなきゃいけないのはわかるけど…
なんかイラッとするこの態度。
我が儘承知で
あたしは先生を無視した。
すると…
反応が悪いあたしを心配したらしく、ようやくあたしと目を合わせた。
「どうしたの?気分悪い?」
「はい。悪いです」
確かに『気分』は悪い。
あたしは若干先生を睨みつつ
吐き捨てる様に即答した。
その言い方に
先生はあたしが怒ってる事に感づいたらしい。
近くにいた看護婦さんに席を外す様に指示すると、看護婦さんは素直に従って診察室を出て行った。
「はぁ…。お前なぁ…」
いきなり溜め息をつき
先程の
『僕モード』→『俺モード』に
口調が変わった。
「よくあたしが怒ってるってわかりましたね」
悔しくてムスッとしながら言ってやった。
「あんだけあからさまに態度に出たらわかるから」
先生はカルテを閉じ
眼鏡を外しながら答えた。
「先生になったら、急に態度変わるんですね」
「これが俺の仕事だし、仕方ないだろ。患者は皆平等」
『患者は皆平等』ねぇ…。
そんなのは当たり前なのに
やっぱり納得いかない。
研修医の頃の温かみある速水先生の方が良かった。
「もういいです。薬もらって帰ります」
速水先生は研修医の頃と違い
今は『医者』という
お偉いさんになったんだから
性格も態度も変わるのは当たり前かもしれない。
そう考えたら
あたしはもう
どうでもよくなってしまった。