『お願いだから、早く帰ってきてよ。朔が、朔が……』


胸の中にざわりと小さな波が立つ。


『朔が、救急車で運ばれて……今、病院にはお父さんがいて……』

「はっ?」


朔が救急車で? いったいどうして。事故にでも会ったとか?

あまりに長い夢を見ていたせいか、直前の出来事もすっと思い出せない。たしか私はコンビニで朔に会って、喧嘩して……。あのときは普通だったじゃない。

それ以上の説明は、電話では無理みたい。お母さんはすすり泣くばかりで、らちが開かない。


「わかった、帰る。近くの公園にいるからすぐ着くよ」


そうだよね。私のことが心配で泣くわけなかった。お母さんを泣かせるのはやっぱり朔だ。

それにしても、いったい何があったんだろう。救急車で運ばれるなんて、ただごとじゃないよね。地味に熱中症とか?

走って家に帰ると、お母さんが玄関前のカーポートで待っていた。


「何があったの」

「いいから、早く乗って」


言われるまま、お母さんのオレンジの丸っこい軽自動車の後部座席に乗り込む。脇には大きなバッグが置かれていた。朔が合宿に持っていく、ナイロンの黒い旅行バッグだ。