幸いなことに、無事に家に帰ってくるまで夢は覚めなかった。ゆっくり歩いて帰ってきたら、辺りはすっかり暗くなっていた。遠くに月が浮かんでいる。
「いきなり暗くなったね」
「もう秋なんだな」
ふと想史の手が私の後頭部に回る。もう暗いし……今日はかなりいい感じだったし、もしかしてキスとか……しちゃうのかな。一瞬でそこまで妄想すると、心臓が暴れはじめた。けれど。
「じゃあな。おやすみ」
想史は頭をなでなでしただけで、さっさと帰っていってしまった。
「なーんだ……」
付き合ってほぼ一週間、そろそろいいと思ったんだけどな。んー……想史が軽い男じゃないってことだ。そういうことにしておこう。
ちょっとだけがっかりして、家の中に入る。廊下の先から、にんにくのにおいがした。
「お帰り。瑠奈。悪いけどおつかいに行ってきて」
お母さんがキッチンで何事か作業をしながら言う。
「え~、私今帰ってきたところなんだけど。お父さんは?」
「お父さんはもうご飯を食べるところなのよ」
キッチンまで行ってみると、お母さんがフライパンをお皿の上にひっくり返しているところだった。注意深く避けられたフライパン。お皿には、綺麗な焼き目の餃子が。