「ばか……。そんなの、できるわけないじゃない」


いくら男の子でも、40キロの私をおぶってここから四十分は優に歩くであろう自宅にたどりつけるわけない。なにより恥ずかしい。


「でも、せっかくだから、気分だけ味わってもいい?」


私は座っている想史の後ろに回り、そっとその広い背中に寄り添った。彼の胴に手を回して巻き付くなんてことは恥ずかしすぎてできないけど、頬も胸もぴったりと想史の背中につけた。


「あったかい」


思っていたより広い背中はまるで陽だまりみたいで。これが全部夢なのだと思うと、余計に泣けてきた。
この人は、本当は私のことなんて好きじゃない。現実では全然違う人を見ている……。


「汗臭くない?」


想史がどんな顔をしているかはわからない。けど、そののん気な質問が零れそうな涙を引っ込めてくれた。


「あはは、大丈夫だよー」


他人が嗅いだら汗臭くてたまらないのかも。でも私には、どんなフレグランスより良い匂い。お日様を吸い込んだ、想史の香りだ。


「あの、さ。瑠奈。なんか、色々と限界なんですけど……どうせなら前に来てくれないかな」

「ダメ。もう少しだけ」


前に行ったら、赤くなった目を見られてしまうもの。何が限界なのかよくわからないけど、もうちょっとだけこうしてるんだ。

私は想史の背中に頬をくっつけたまま、思い切り息を吸い込んだ。たとえ今目が覚めてしまっても、この香りを忘れてしまわないように。