「来たかも。こんなちっちゃい頃だから、景色が違って見えたんだね」

「そう、あの頃は皆花っていうか、茎に埋もれてた」


男の子たちは虫を探すのに夢中で、花なんてちっとも見ていなかったような。


「あのときさ、俺たち蝶々を見つけてさ。先生の声なんて聞こえなくなってた。夢中で追いかけるうち、誰かが川に落ちたんだ。あれ、誰だっけな」

「ああ、あれ……」


そうそう、男子たちは蝶を追いかけてて、ひとり川に落ちた。幸い浅いところに落ちて助かったけどギャン泣きして、先生が持っていたぶかぶかの着替えに着替えたのは、朔だ。

『死にかけた、天国に行きかけた』と言ってしばらく泣いていたけどお弁当を食べたら元気になって、また蝶を追いかけてた。こいつは本気のバカだとその時思った。


「あれね。忘れちゃった。誰だっけね」


ここの想史は朔のことを忘れてしまっている。というか、知らない。あれは朔だよ、と言っても通じない。

そう思えば、私と想史の思い出にはいつも朔が横入りしていた。一年生のとき、諦めずに想史を教室まで誘っていたのは私だけじゃない。朔もだ。今思い出した。

どうしてか、胸に寂しさに似たようなものが満ちる。朔がいないことで、今傍にいる想史のことを不完全に感じてしまう自分が嫌だった。