「おはよー!」
私は、いつものように
元気よく教室に飛び込む。
「おー」
そしたら、この人はいつもと変わらず
普通に返事をする。
それで、どうでもいい話しを
延々と続けるんだ。
それが、すごく楽しくて
こんなに、どきどき、わくわく、するものだったなんて
初めて知った。
この人が笑うと、私も笑う。
この人が楽しいと、私も楽しい。
それは、今までもそうだったけど
たぶん、これからもずっとそうで
それだけは、ずっと変わらないと思う。
変わったことといえば、
もう、教室の中で、遠く席が離れたこの人の背中を
目で追いかけなくなったこと。
約束、じゃ、ないけど
私のなかに、ちゃんとあの人がいるように
あの人のなかにも、私がちゃんといるんだって
それだけで、もう探さがさなくていい
私は、迷子にはならない
休み時間、あの人は別のクラスメイトと
席を立って、どこかに行く。
私はそれを、紗里奈と2人で
黙って見送る。
「よかったね」
「なにが?」
紗里奈は、笑った。
一緒に帰る時も、もう約束も許可もいらない。
どっちかが、どっちかを待ってる。
「おそーい!」
「だって、美術の先生につかまってたんだから
仕方ないでしょ!」
「あのエロおやじか!」
最近は、この人が怒るのを見るのが
とても楽しい。
「なんでエロおやじ?」
「画材の標本がエロい」
「バカじゃないの?」
それから、きゃあきゃあ大騒ぎしながら
一緒に帰る。
学校から、駅までの道のりだけが
2人に許された時間
外が寒いから、手をつなぐ
白い息がふりかかることさえ
うれしくなるって、すごいことだと思わない?
「ねぇ、このままじゃんけんして
勝った方が『好き』って、100回言おー」
「は? なに言ってんの、
お前、頭おかしいんじゃないの?」
「何回勝負?」
「100回勝負」
「終わらないじゃない!」
「終わらせねーよ」
「じゃあ、じゃんけん」
「は?」
私がグーをだしたら、
この人はちゃんとパーをだす。
「あー!」
「俺が勝ったから、あと99勝な」
つないだ手の絡んだ指先がほどけていく
だって、このままだと
本気じゃんけん出来ないからね
「じゃあ、10勝ごとに
勝った方がジュースね」
「勝負の趣旨、変わってないか?」
「いいの!」
真剣勝負の結果はね
5対5で引き分けだったから
2人で半分こして買ったホットはちみつレモンを
2人で半分こして飲んだ。
まだ時計の針は進んでないけど
外はもう真っ暗だから
そろそろおうちに帰らないとね
この人は立ち上がって、
駅まで一緒に送ってくれる。
「じゃあね」
「うん、また明日」
友達、と、言われれば、そうなのかもしれない
『好き』って、よく分からない。
でも、お互いにずっと『好き』でいられるのなら
それを、確かめ合うことができるのなら
この距離がきっと、私たちの真実
私がこんなに素直になれたのも
きっとあなたのおかげ
楽しいから、一緒にいて
一緒にいるから、楽しい
同じことをしても、他の人とでは絶対に感じられない
この特別な感情
特別っていう、言葉の意味
この人じゃないと、ダメな理由は、なぜなのか分からない。
でも、この人じゃないと、ダメなのは、分かってる。
これからもずっと、ね
~完~