私が教室に入って
いつもと同じように
『おはよー』って言うと
昨日まで、にっこり笑って
『おはよー』って、返してくれていた大希くんが
ぼんやり口をあけたまま、こっちに向かって
「あぁ、うん」
しか、言わない。
教室移動の時、何となく自然に、一緒に並んで、
昨日上がった最新動画の話しとか、一生懸命話してるのに
今は何にも聞いてくれない、返事がない
私なんかよりも、ずっと背が高くて
顔が全く見えないから
私はぴょんぴょん飛びはねながら
昨日食べたおやつの話しとかしてるのに
聞いているのか、聞いていないのか
ずっと前を向いたまま歩いてて
全然こっちを見てくれない。
昨日までは、昼休み、私が1人で座っていたら
その横に勝手にやってきて
勝手に座って、勝手にしゃべってたのに
そんなことも、もうしない。
だから、私が勝手にそれをやろうとしたら
トイレに逃げられた。
さすがに男子トイレの前で
ずっと待ってることは出来ないから
あきらめて教室に戻ったけど
放課後になっても、
あの人は私と、しゃべろうとしない。
だけどもう、私は迷わない
だって、フラれる覚悟が、出来たから
放課後、いつまでも教室に残って
なかなか出ようとしないこの人の
背中をじっと見ながら
タイミングをうかがっている。
立ち上がった。
男友達に手を振って、教室を出る。
その瞬間、私はあの人が出ようとした
反対側の教室のドアから
猛然と外に飛び出した。
私は、全力ダッシュで階段を駆け下り
靴箱までの最短距離を遠回りして
靴箱まで先回りする。
廊下に現れたあの人の前に
立ちふさがった。
「待って!」
両手両足を一杯に広げて
絶対に通さない構え。
あの人は、眉をひそめた。
「何してんの?」
「一緒に帰ろー!」
「嫌だ」
そんなことは、聞く前から
何となく分かってたよ!
この人は、すんなりと私の横を通り抜けて
靴箱へと向かう。
私はめげずに、ひたすら話しかける。
「なんで急にそんなに冷たくなったの?
ねぇ、なんで?」
それでも返事はなくて、
立ちふさがる私を押しのけて
強行突破してくる。
「ねぇ、なんでよ!
私が、松永と帰るって言ったから?」
「違う!」
思わぬ反撃に、ちょっとびっくりした。
「そんなの、関係ないだろ」
立ち止まったその隙に、
この人は靴箱へとたどり着いてしまった。
淡々と靴を履き替えるから
私も急いで履き替える。
「私、昨日、松永と帰ってないよ!」
「だから?」
ようやく立ち止まって、
こっちを見てくれた。
「別に誰と帰ろうが、俺には
関係ねーし」
いつもなら、これで笑って
『そうだよね』とか言って
引き下がってたんだと思う。
それで、当たり障りのない会話を続けて
そうやって、当たり障りのない関係を
必死で保とうとしていたと思う。
だけど、そうやって言ったこの人の顔が、表情が、
今までに見たこともないくらい
感情的で、怒ってて、笑ってなくて
平気な顔じゃなくて
だから、私も引き下がれなくなってる。
「私は、川本くんと
帰りたいの!」
どれだけ見上げても、絶対にこの人の身長には
私の背は追いつけないけど
でも今は、その顔を、ちゃんと見ている。
「ダメ?」
「……、なら、いいよ」
ちゃんと許可をもらったから
今日は堂々と、この人と一緒に帰る。