松永に、手を引かれて歩きながら
ずっと廊下に敷き詰められた
タイルの木目を見ていた。
松永が立ち止まって、
振り返っても、そのことに気づかなくて
私は下を向いたまま。
「嫌、だった？」
松永は、私の手を放す。
「別に、今日じゃなくてもいいし、
俺とじゃなくても、いいんじゃない？」
松永を見る。
松永は、さっきのあの人よりも
もっとはっきりとした
顔をしている。
「帰りたいなら、行ってもいいよ」
松永のその言葉は、さっきまでの
私とあの人と、全くおんなじで
松永にだって、私と行かなきゃならない理由もなければ
今日じゃなきゃ、いけない理由もない
「じゃ、なんで私を誘ったの？」
「なんとなく」
その返事には、もの凄く悪意があるんだと
初めて気づいた。
「川本を、追いかけたければ
追いかければいいのに」
その言葉に、私は首を激しく左右にふる。
そんなことが、私に出来るわけがない。
そんな許可を、誰からももらっていない。
そんなことをしても、あの人は、何とも思わない。
「泣かれても、困るんだけど」
「だって、勝手に出てきて
止められないんだもん」
松永は、ため息をついて
私の頬に流れた、水の後を指ですくう。
「行ってきたら？ 川本のところ」
「なんで？」
「なんでって、行きたくないの？」
「行きたいけど、行けないの！」
「なにそれ」
松永は、私を見下ろす。
私は、何も言い返すことが出来なくて
ただ松永を見上げて、怒ってる。
松永は、怒ってる私に、
怒ってるって、知ってるくせに
全く動じない。
「俺は、ここで待ってるから
ちゃんと、川本に話しておいでよ」
「なんて？」
「好きだって」
だから私は、それが言えないから
こうやってここで泣いてるって
知ってるくせに！
「もし、私と川本くんが、
つきあい出したら、どうするの？」
「ん？」
松永は、真っ赤になって、うつむいて、
なんて言おうか、迷って、迷って
それでもきっと、勇気をふりしぼったんだと思う。
「だって、どうせ、うまくいかないと、
思ってるから、大丈夫」
私が思っていることを、ずっと口に出来なかったことを
この人は代わりに言ってくれている。
「はは、なんか俺、
今すごく酷いこと、言ったよね」
だけど、それは誰よりも
私自身が一番そう思っている本音
「だけどさ、俺はそれでも、大丈夫だと思う」
さっきまで、ここにいたあの人の背中
私を振り返りもせず
出て行ったあの人の、
白くて大きな背中が、目の前に浮かんでいる。
「行って、フラれてこいよ」
その言葉は、私に火をつけた。
