振り返ると、大希くんが立っていて
ちょっとびっくりした顔をしていた。

「あ、今日は、松永と帰るんだ」

私は、どう返事をしていいのか分からなくて
でも、もう松永には返事をしてしまっていて

「うん」

って、答えるしかなかった。

見上げたこの人は、なんて言おうか
言葉を探して、探して
それでも見つからなくて

「あ、そうか。ならいいや」

って、答えを出した。

特に怒るでも、悲しむのでもなく
ただ単純に、あっさりと引き下がる。

「別に、困ることじゃないし」

私は、この人に、どういう反応をしてほしかったんだろう
私は、この人に、どう対応すれば、よかったんだろう

「じゃ、またね」

別に、何かを約束してるワケじゃない
毎日、一緒に帰らないといけないワケじゃない
その日、この人も、私も
いつ誰と、何をしようと、自由なのだ

だから私は、この人が、誰と一緒にいようとかまわないし
この人だって、私が誰と一緒でも、平気なんだ

「川本も来る?」

松永は、言う。

「ハンバーガーの割引チケット、
 たくさんもらったんだ。
 お前も、来いよ」

松永は、この人も誘う。
手にした数枚のチケットを
私とこの人に見せる。

「あぁ、うん」

だけど、この人は、うつむいて
その誘いを断った。

「なんか、今日は、俺はいいや」

「どうして?」

松永の問いに、この人は言葉を詰まらせる。

「ん? なんか、そんな気分じゃないし」

目があった。
この人は、あっさりと私に背を向ける。

「じゃ、もう俺は帰るね」

歩き出したその背中は、一直線に廊下を進み
階段の角を曲がって、消えた。

追いかけて、ほしかった?
引き留めて、ほしかった?
それは、私のこと?
それとも、あの人のこと?

「なんだよ、あいつ、せっかく誘ったのに」

松永は、ため息をついて、こっちを見る。

「じゃあ、行こうか」

松永が、体を横に向けて
私を誘い出すのに
私の足は、動けない。

松永は立ち止まって、私に言う。

「どうしたの?」

体が動かないから、動けないし
返事も出来ない。

松永は、そんな私の手をとった。

「行こう」

私は、松永に手を引かれて
廊下を歩く。

誰が悪いワケでもなくて
なんにもおかしなところはなくて
これはこれで、当たり前なんだと
言い聞かせてる。

私は、あの人と、何の約束もしていなくて
私は、あの人に、何かを求める理由もない
松永に、ついて行くと言ったのは
自分

自分の体が、自分のものじゃ
ないみたい。