その日から、私と大希くんの関係が変わった。

なんかもう、教室でも普通にしゃべるし
廊下も一緒に歩く。
教室を移動するときでも
並んで歩くし
目が合えば、にこっと笑って
お互いに手を振る。

学校の、毎日が楽しいし
朝は早起きして、夜はちゃんと寝る。

どっちから~とか、いうんじゃなくて
本当に何となく
気がついたら自然に、一緒にいるかんじ

それが凄く、嫌じゃないし
緊張しないし、気にならない

体育の時間。冬の体育は、
先生の脳も、寒さで血流不足らしく
マラソンしか思いつく競技がないらしい
適当にサボってごまかせるから
いいんだけどね

グランド10周のところを、
3周ぐらいで一旦休憩。
それで、全部で7周くらいで
終わらせるつもり。

グランドの隅で座っていたら
同じく休憩に入った愛美が
隣に転がりこんで、座った。

たいして乱れてもいない早い呼吸で
周囲の雑音を遮断する

「大希と、つきあい始めたの?」

あぁ、やっぱり『大希』って呼ぶんだ
私は、一度もその名前を
口に出して、呼んだことがないのに

「みんな、同じことばっかり
 聞いてくる」

「まだ、好きだったんだ」

「……たぶん」

その返事は、どんな意味にとられても
逃げ切れる便利な言葉

愛美は、私からの返事に、首を横に傾けた。
簡単に、私からまともな返事が得られるなんて
愛美は当然、最初から期待していない。

「ま、どうだっていいんだけど」

立ち上がって、体操服についた
ほこりを払い落とす。

「あんたが、それでいいんなら
 それでいいんじゃない」

愛美は、ちらりと振り返った。

「じゃ、がんばってね」

グランドに向かって走り去る。
その背中に、私は全ての戦闘意欲を
吸い取られてしまったようで
結局グラウンドは6周しか出来なかった。

そんな愛美の言葉が
ずっと耳に残っていて
それでも、この人と過ごす時間は楽しくて
私はずっと、なにかもっと
大事な事を忘れていた気がする。

放課後の、誰もいない廊下
1人で歩いていた私の目の前に
松永が立っていた。

「今日さ、一緒に帰れる?」

松永の、その誘いは
とても自然で、普通で
『お前って、今、息してる?』って、
聞かれただけみたいなかんじで
私は何の抵抗もなく

「うん」

と、答えた。

教室の扉が開いて
あの人が姿を見せても
松永は全く動じなくて

「じゃ、一緒に帰ろう」

って、この人の目の前で
私に、そう言った。