その日、私は一日中、変なテンションで過ごした。
放課後になっても、躁状態は続いていて
テンションマックスであの人の所に向かう。
「川本くん、帰ろう!」
「おう!」
それは、この人も同じだったみたいで
私たちは、バカみたいに笑いながら
階段を降りていく。
話しの内容なんて、どうだっていい。
ただこの場が楽しくて、笑えていれば
それでよかった。
見上げるこの人の横顔が、
すぐ手の届く所にある横顔が
触れたくても触れられない
幻想みたい
「で、綿飴なの、いちごなの?」
「結局、いちごにした!」
この人の、本当に楽しそうに笑う横顔が
どうして今この時だけのものなんだろう。
私は、こうしてずっと見ていたいのに
どうして、それが出来ないんだろう。
手を伸ばせば、簡単に届く
髪や、頬や、鼻先が
触れられなければ
無いも同じじゃないか
これが本当に無いものなのならば
どうして私はこんなもにも
無いものに振り回されているんだろう
「うわっ!」
そんなことを考えながら歩いていたら
何もない道で、盛大にこけた。
「えっ! 大丈夫?」
膝小僧からにじんだ血が、痛みが
これが夢ではないことの証
「学校に戻って、保健室行く?」
私は首をふった。学校に戻ったら、
もうこの幻しが、魔法の時間が
終わってしまう。
「絆創膏、持ってる」
小さな水道で傷口を洗って
ベンチに座ったのは
松永と枯れ葉を飛ばして遊んでた公園
そこの、同じベンチに
私は今、半泣きで座っている。
「貼ってあげるよ」
取り出した絆創膏を、
この人が受け取った。
どうして膝小僧なんだろう
これがほっぺたとか、せめて手の甲とだったら
もっと画になったのに
膝小僧とか、これ今日お風呂に入ったら
絶対取れるやつだし
私の前に、ひざまずいたこの人が
指先が、遠慮がちに肌に触れる
「はい、お終い」
そう言って、隣にどかっと座った。
日が落ちるのが早い
辺りがどんどん薄暗くなるから
なにをしゃべっていいのか
ますます分からなくなる。
「今日でお終いか
松永に、お礼言っておいて」
「だから、つき合ってないって」
こんな時ですら、
この人は空気が読めない
「いいな、彼女って
どうやったら出来るんだろうな」
脳みそが、パンッとはじけて
言葉が洪水のようにあふれ出すけど
それは理性で押し込める。
「愛美と合コン、
行けばよかったのに」
「えー?」
ベンチに座るこの人の体が
ずぶずぶと下がってゆく
「じゃあなんで、
松永とつき合わないの?」
「友達だから」
「友達とさ、
彼女の違いって、なに?」
は? この人は何を言っているんだろう
全く意味が分からない
何が言いたいのかも、
何を言わせたいのかも
全く予想できない
「『好き』の、違いじゃない?」
「たとえば?」
振り返る。
この人は、ずるずると座ったまま
口をへの字に曲げて
ふくれっ面で、座っている。
「それが分かってたら
今、ここにいないと思う」
冬の日は
落ちるのが早い