私は、松永の顔を見上げる。
見上げた松永の顔は、
気が抜けそうなほど普通に、普通の顔をしていて、
私は、さっきの台詞が、何だったのかも、思い出せない。

「俺と、つき合って」

もう一度、確認するかのように
松永が言う。

じっと見下ろす、松永の視線が痛い。
私は、もう顔を上げることも出来なくて
自分の足と、松永の履いてる上靴を見ていた。

松永の足が、一歩近寄る。

「ダメ?」

私が首を横に振ったのは、
OKの合図じゃない。
でも、ダメの合図でもない。

「それじゃ、分かんないよ」

松永の手が、私に触れようとするから
もう一歩、下がらなくてはならない。

どすんと、左肩が廊下の壁に当たって
私はそこにもたれかかる。
黙ったままそこから動けない、こんな女の、
一体どこがいいんだろう。

「でも、何となく、分かってたでしょ」

その言葉に、私はうなずいた。

「だから、告白してみた」

ゴメンね、松永、
私は、そんな松永に、甘えちゃいけなかったんだ。

「ゴメンね」

松永はそう言って、また続ける。

「言われたら、困るって、分かってたけど
 やっぱり、言いたくなっちゃった」

私はすでに、壁に同化したコンクリートの塊で
だだの塗り残しの突起物にすぎないから
もう、松永が寄ってきても、
怖くないし、驚かない。

松永の指先が、私の髪に触れる。

「ずっと、好きだった」

「うそつき」

私がそう言ったら、松永は笑った。

返事を、しなくちゃ
ちゃんとした、返事を

それはきっと、最後の言葉

「ねぇ、帰りに
 たこ焼き食べて、帰らない?」

覚悟を決めた私に、松永は言った。

そんな簡単な魔法の言葉で
私はコンクリートの壁から解放されて
止まっていた時間から動き出す。

私の覚悟も、松永の覚悟も
吹き飛ばしてしまう。

「いいよ」

松永は、最後の問いを無かったことにして
私は、その回答から逃げた。

怒ってる。松永が怒ってる。
だけど、私はその怒りを黙って受け止める。
それで、松永が許してくれるなら
私は、松永を失いたくない。

だから、お願い
もうこれ以上、何も聞かないで

松永は、私の隣を歩かず、
背中を向けて歩いている。

松永のことは、好きだ。
好きだよ、でもね、
あの人のとは違う。

できればこのままで、いたい。

たこ焼きは、食べずに帰った。