席が近くなったから
大希くんと愛美は、話す機会が
増えた。
愛美も、あの人も、
本当に普通にしゃべる。
普通って、なんだ?
あの人が、私のところに来る。
そりゃ、前みたいに、
緊張のあまりトンチンカンなことばかり言ってた
そんな時期に比べると
ずっと普通にしゃべってる。
だけど、席が離れてしまったら
やっと普通にしゃべれるようになったのに
帰りも一緒に帰ってたのに
それをどうやって誘えばいいの?
あの人が席を立つ。
愛美となにか言葉を交わして
愛美は、にこやかにあの人に手を振る。
あの人は、それをなんでもないことのように
すんなりと手を振り返して
そのままこっちへ来た。
「花壇の水やり、行こうぜ」
「うん」
生物の授業の一環で、育てている植物に
水をやりにいく当番を
別の人に変わってほしいと
頼まれたらしい。
そんな偶然も、
今では、あんまりうれしくない。
私が欲しいのは、偶然じゃない。
2人でならんで、雑草を抜く。
それがあまりにも、淡々とした作業で
あまりにも順調に進み過ぎるから
言いたいことが、うまく言えない。
「愛美のこと、まだ好きだった?」
「まぁ、嫌いじゃなかったよ」
あの人は、黙々と草を抜いている。
そんな答えでは、私の質問に
答えたことになってない。
「まだ、忘れてないの?」
2人の時間は、2人にしか分からないから
この人が、愛美のことを、
本気でどう思っていたのかなんて
結局、私には分からないんだ。
「忘れるって、同じクラスなのに?
それで忘れてたら、頭おかしくない?」
この人は、見つけた小石を
遠くに投げた。
「なんか、結局、俺のこと
そんなに好きじゃなかったって、
かんじだな」
この人は、そうやって作業をしながら
言葉を探している。
「ま、こんな言い方したら、
生意気に聞こえるかもしれないけど、
結局、何でもなかったんだよ」
探している言葉が、どれくらいこの人の気持ちを
代弁しているのかは、
私にも分からない。
この人は、笑って言う。
「俺も、あいつも」
だけど、この人は一体、
愛美の何を見ていたのだろう。
「愛美は、川本くんのこと
好きだったよ」
「だから俺も、嫌いじゃなかったって」
まだ言い足りない私を置いて、
この人は立ち上がった。
「だけど、こういうのっって、どうしようもないだろ。
うまくいかないものは、うまくいかないんだし。
さ、もうお終い。
さっさと片付けて、帰ろうぜ」
引き抜いた草の入った袋を持って
立ち去る背中に向かって
私の本当に伝えたい気持ちは、たった一つ。
その一つが言えたなら、
どれだけ楽になるだろう。
どんなに、辛くなるんだろう。
この人はきっと、
愛美ほど、愛美のことが
好きじゃなかった。