あの人が落ち込んでいる。
愛美に、彼氏が出来た事に、
ショックを受けている。

愛美は、大希くんのことが好きだったけど
この人は、愛美のことを、そんなに好きだった?

男は別れても、元カノは全部
オレのモノっていうけど、
それと同じなのかな
この人も、そういう感覚なのかな

「おはよう」

「おはよう」

先に教室に来ていたこの人に
声をかけても、今日はそっけない。

今日だけ、特別にそう見えるんじゃない、
テストが近いからとか、
提出物があるとかじゃない、
作業している手を止めないのは
またこの人との、距離があいたみたいだ。

それともまだ、愛美が好きだったのかな

階段の上で、この人に触れようと愛美が伸ばした手を
嫌悪感をあらわにして一歩退いたあの横顔が
今でも忘れられない。

もし、私もあんな風に、手を伸ばしたら
この人は、やっぱり同じように、後ずさるんだろうか

目の前にある、白い大きな背中
伸ばした手は、この人に届くのかな

「なに?」

大希くんが、振り返る。

「背中に、ゴミがついてたよ」

手に持った糸くずを見せたら
この人は納得して前を向いた。

私に出来るのは、これくらいが精一杯、
それさえも、無情な席替えという行為で
簡単に奪われてしまう

その日の席替えで、
愛美とこの人がつき合っていた頃には
一度も隣にならなかった
愛美とあの人の席が、くっついた。

相変わらず、遠くから眺めているだけの
私は何も変わらない。

「どうした、元気、ないよ」

紗里奈が、私の隣に座った。

「また川本くん眺めて、ため息ついてるよ」

紗里奈め、今それを言うな

「最近、仲がいいから
 うまくいってるのかと思ってた」

「うまくいくって、なにがどうなったら
 うまくいってるって、なるのよ」

紗里奈が呆れた顔をする。
あーあ、また面倒くさい病が始まったって
絶対思ってる。

そこへバカ一樹が、乱入。

「紗里奈!」

本当にこいつには、空気を読む能力がない。
全くの皆無。

「昼休み、一緒に水やりに行くって
 言ってただろ!」

真っ赤な顔で、紗里奈に叫ぶ。
うるさいなぁ、もう。
代わりに私が答えてやる。

「そんな大声で言わなくったって、
 聞こえてるよ」

「てめーじゃねぇ」

一樹は、私には一切用がないらしい。

「昨日の約束、覚えてねぇのかよ
保健室前の花壇に、水やりにいく約束だろ」

「なんだそれ、小学生かよ」

「だから、お前じゃねぇって!」

一樹は、紗里奈には用がある。

「約束はしたけど、毎日じゃなくても
 いいんじゃない?」

「俺は、毎日行きたい」

「ぶっ」

一樹の必死さに、思わず噴き出す。
ゴメン、さすがにこれは私が悪かった。
一樹、そんな真っ赤になるなよ、
本気で悪かったってば

それでも一樹は、怒ったりしないで
紗里奈から目を離さない。
顔はトマトかりんごより赤いけど
そんなことも、気にならないみたいなのが、凄い。
私がすぐ横にいるのに、
全く意識していないのが、凄い。

「わかった、行くから」

そりゃそこまでされたら、
紗里奈も立ち上がるよね

「いってらっしゃ~い」

教室を出て行く2人に手を振って
ふと自分が振った手を止める。

そうか一樹は、頑張ってるんだな、
ん? 紗里奈は、一樹のことを
どう思ってるんだろ

うまくいくって、あの2人は
うまくいってるのか?
それは、一樹にとって?
それとも、紗里奈にとって?

教室の中に、目を戻す。
あの人と、愛美が並んで座っている。

あの2人は、どうだったんだろう。