「やっぱ幻だけあって、うまいな」
大希くんは、すき焼きパンを
文字通り、あっという間にたいらげた。
私と松永は、もらったすき焼きパンを
一口ずつかじる。
「川本くん、あんなにもみくちゃにされて
怪我とか、しなかったの?」
「横山さんなんかね、
あの中に平気で飛び込もうとするから
俺が止めたんだ」
松永の言葉に、私はムッとしてうつむく。
その気持ちは、うれしいけど
うれしくない。
「なんで怒ってんの?」
松永は、私に言った。
「別に」
「なんだよ、それ」
私の態度に、なぜか松永が怒ってきても、
そんなことは知らない。
「ねぇ、なんかズボンのここ
汚れてるよ」
私は、この人の方へ、体を向ける。
「みなみちゃん、松永は
みなみちゃんを心配してるんだよ」
この人は、そんな松永にすら
優しさを発揮する。
「分かってるよ」
だけど、それを松永の前で
この人の口から聞きたくない。
私がだまり込んだら、
その雰囲気を察してか、
松永が、話題を変えた。
「だけど、買えてよかったな
やっぱり、うまいな!」
「この店のすき焼きバーガーもさ
もうちょっと安かったら、
しょっちゅう食ってるのにな」
「そういえば、道沿いの牛丼屋のとく……」
松永は、すぐにこの人との
会話を独占するから、嫌い。
松永は、私がこの人のことを
好きだって知ってるから、嫌い。
その日の放課後、
松永は、係の用事とかで
一緒には帰れなかった。
私は、この人と2人で並んで
駅まで歩く。
「ちょっと、風が冷たくなってきたね」
「うん」
「暗くなるのも、早いし」
「うん」
この人と2人だけだと、
会話が続けられない自分が嫌い。
この人は、ため息をつく。
楽しくしなければならない時間を
楽しく出来ない自分が嫌い。
「なんかさ、松永じゃなくて、ゴメンね」
「なにが?」
「一緒に帰るの」
この人に、こんなことを言わせる
松永が嫌い。
「なんで、そう思った?」
「いや、別に」
この人は、真っ赤になって、
首を横にふる。
「いや、頑張ってるのになーって、思ってさ」
私の気持ちに、全く気づかない
この人が嫌い。
「なんか、うらやましくってさ、
松永とか、一樹見てると」
「なんで?」
「なんでだろ」
この人は、その無邪気な顔を
青くて高すぎる、遠い空の向こうに向ける。
「なんか、いいなーって、思えるからさ」
「私も、ちょっとだけ
うらやましい」
「はは、なにそれ」
駅に着いた。あの人は、笑顔で私に手を振る。
「じゃ! またな」
私を残して、1人で先に改札へ向かう
この人のことを、好きな自分が嫌い。
スマホの着信が鳴った。
ちゃんと駅までたどり着いたのか
確認の連絡を入れてくる
松永が、嫌い。
こんな日には、わざと電車を遠回りして
家に帰ろうとする、自分が嫌い。