松永のことを、考え始めると
頭が混乱する。

頭が混乱するような、ややこしいことを
考え続けるのは、苦手だ。

だから、出来るだけ、考えないようにしたい。

朝の教室、松永は、いつものように
酒井地蔵と無言の挨拶をテレパシーで交わしてる。
私は、気づかれないように、
そっと自分の席に座る。

さて、ここからどうしよう。
えーっと、いつもなら、鞄を片付けてから
きららのいない今なら、酒井地蔵か、
紗里奈のところへ行くはずだ。

だけど、酒井地蔵の横には松永がいるから、
そこへは行けない。

私は、顔をあげて紗里奈をさがす。
紗里奈は、まだ教室に来ていない。

他に、誰かしゃべれる人はいないかな、
愛美? 私の苦手なキラキラ系女子グループに
すっかりなじんでしまっている。

一樹? の、ところに行くくらいなら
ここにいた方がマシだし
ふと見たあいつは、登校して早々机で寝ている。
相手にならない。

えーっと、仕方ない、
あんまりしゃべったことないけど、
ちょっとおとなしめの、こっちのグループに
声をかけてみ……

「なにキョロキョロしてんの?」

松永の声に、体がビクッってなる。

「え? 別に?」

松永のため息、そして
私に一冊のノートを差し出す。

「ほら、理科の問題集、
 どうせやってきてないんでしょ」

私の目の前には、餌。
これは、餌なんだ。

「はい、ありがとうございます」

私は、与えられる魅力的な釣り餌に
抗うことなく、素直に受け取る。
だって、これに逆らうなんて、無理だ。

「あとさ、前回買い損ねた
不定期のすき焼きパン。
今日は30個限定で、販売予定だって」

「あ、はい」

私は、渡されたノートを書き写しながら
松永の報告を淡々と聞いている。
完全不可抗力

「昼休み、すき焼きパンの争奪戦
 一緒に行く?」

松永は、そんなことまで
私に聞いてくる。

「うん、お願いします」

松永は、私が絶対に断れない
断らない話しを振ってくる。

「……なんか、今日はヤケに素直だね」

「そう?」

「なんか、気持ち悪い」

私と松永の、目が合う。

「なに?」

松永が、ちょっと怒ったかんじで言うのが
普通に普通すぎて、
自分にはもう、どうやって振る舞えばいいのか
普通がわからない。

「いえ、なんでもございません」

私は必死で、ノートを写し続けるフリを……
できているのかも、もはや分からない。

「ねぇ、やっぱり、なんか今日はヘンだよ」

「そうかな」

「なにかあったのなら、はな……」

「みなみと松永!
 今日こそ、すき焼きパンの
 リベンジ行くぞ!!」

元気なあの人が、教室に飛び込んでくる。
助かった。

「それ、本当!」

「あぁ、本当だ!」

「やりましたね、川本さん!」

「あぁ、やっとこの日が来たようだぜ!」

私とこの人が、ガッツリ片肘をぶつけ合うのを
松永は、イラッとした目で見上げる。

「俺、今その話し、したよね!」

「おぉ! そうか、松永、
 お前も楽しみにしてたのか!」

この人は、無邪気に松永に飛びつく。

今度はその光景に、私の顔が
無意識にイラッとしてしまうことに
今、初めて気づいた。

「じゃあ、俺はやっぱり行かない!」

「何でだよ、戦闘員は多い方が
 勝率上がるだろ」

最近、この人にとって
松永はとてもいいおもちゃだ。
この人は、じつに楽しそうに
松永をからかって遊ぶ。

私は、この人と話せるわずかな機会を
松永に奪われたようで
松永に対してイラついている。

「ね、3人で行こう!」

だけど、この人と2人きりになる勇気はないから
やっぱり松永の存在に頼る。

「あぁ、もう! わかったよ!」

松永が、そうやって、大きな声で言うのは、
本当に怒ってるのか、
それとも、怒っているフリなのだろうか。

チャイムがなった。
大希くんは、松永をようやく手放して
自分の席に戻る。

私も、自分の席に戻る。
横目でちらりと振り返ったら
自分の席に戻った松永と
目が合った。

松永は、赤い顔で、
下を向いていた。

難しいことは
考えないように、する。