学園祭が終わって、気づいたことがある。
私は、相変わらずあの人のことが好きだし
愛美のことは、嫌いじゃなくなってる。
前よりも、ずっと自然に
あの人と話すことが出来るようになったし
愛美とも、普通に話す。
あの人は、1人で教室にいることもなくなり
私たちのところにも、
よく来るようになった。
酒井地蔵前、愛美の足は
遠のいた。
気がづけば、なんだか一樹は
紗里奈にやたらベタベタしていて
前みたいに、乱暴な口をきかなくなった。
相変わらず態度は悪いけど、
それでも、前よりはずっとマシ。
丸くなった。
やっと小学生男子から、
中学生に成長したかんじ。
そして、酒井地蔵前に、
変わりもせず集まっているのが
きららと私と松永。
正直、きららがこんなに
酒井地蔵に、懐くとは思わなかった。
いつも、酒井くんは間違いなく本を読んでいて
松永は、その隣で大体音楽を聞いてたり
漫画読んでたりしてる。
そこへ私が入っていって
寝る。
寝てるか、ぼーっとなにも考えずに
この2人を眺めてるのが、好き。
それは鼻の頭の先だったり、制服のボタンだったり
服のしわとか、読んでる本のページがめくられていくのとか
指先の、爪の形をみたりしてる。
「もー、みなみちゃんばっかり
ずるいー」
そこへきららが、なぜか怒りながらやってくる。
なにがずるいんだ、私は何もしていない。
きららのために、寝ていた席を一つ譲って
隣に移動すると、きららはそこへ座った。
初めの頃は、このきららの無駄なおしゃべりも
ただうっとうしいだけだったけど
こうしてずっと聞かされていると、
退屈しのぎの、子守歌に聞こえてくる。
きららがいないと、ちょっとさみしい。
そして、それは酒井地蔵も同じみたい。
きららの無意味なおしゃべりに、誰も返事をしないから、
酒井地蔵だけが、聞いてないようで
きららにちゃんと、相づちをうつ。
「みなみちゃんは、
別にずるくないよ」
酒井くんは、よくしゃべるようになった。
「私は、ずるいと思ってるの!」
私の、なにがずるいんだか。
もうこいつのワケの分からない話なんて
聞いていられない。
机に突っ伏して、片目をあけて
きららと酒井くんの様子を見ていたけど、
飽きてきたから、顔を反対に向けて
本格的に寝る体勢に入る。
「ねぇ、横山さん」
酒井地蔵の従者、松永が私を揺り起こす。
「ちょっとさ、ジュース買いに行くの
つき合って」
「は? なんで?
おごってくれんの?」
松永が、呆れたような顔で
何度も小さくうなずくから
私はワケの分からないまま
仕方なく立ち上がる。
松永に引きずられるようにして
教室から追い出された私は、
ふと教室を振り返った。
きららは、私がさっきまでしていたのと
全く同じ格好をして、酒井地蔵の顔を
下からじっとのぞき込んでいる。
その視線に、酒井くんが、負けている。
あの酒井不動明王が、負けている。
本を読むふりをしている酒井くんの顔が
見る間に赤くなっていく。
「ねぇ、ここでこうやって
みなみちゃんみたいにじっとしてたら
なにかいいこと、ある?」
酒井くんの耳が、真っ赤に燃えている。
読んでないのがバレバレの本に顔を埋めたって
その赤い耳の先までは、隠せてないよ。
「なにも、いいこと……
ないと思うよ」
きららは、ふふっと笑って
うずくまった両腕のなかで
そっと目を閉じた。
「じゃあ、許してあげなーい」
私は、隣にいた松永を見上げた。
目が、目が、自分史上最高潮に
まん丸くなってる。
まん丸くなってる!
松永は、そんな私の顔を見て
笑いを堪えるのに必死だ。
「ね、ジュース、買いに行きたくなったでしょ」
さっきの松永以上に
私は激しく頭部を上下に振りまくる。
「ジュース、おごってくれる?」
「おごる!」
えぇ、おごりますよ、おごりますとも!
私は久々に完敗した気分で、
昼休みの教室を後にした。