高梨愛美と、大希くんはつき合っている。
彼氏と彼女の関係だ。
朝は別々に登校してくる。
駅とか、どっかで待ち合わせしてるような
雰囲気は、ない。
最近は……あの人の方が、後から来ることが多くて
愛美は、先に教室に入ってきてる。
愛美は、入ったらとりあえず
真っ先に私たちの輪の中に入る。
目が合っても、手を振らないし、
気づいても、そのまま。
いつも、こうだった?
休み時間は、それぞれに過ごしてるけど
昼休み、ご飯が終わったら
愛美はあの人のところへ行っている。
そして愛美は、私たちの輪の中に入る。
ん?
愛美は、これみよがしに、酒井地蔵に向かって
のろけの念仏を唱える。その内容は、
愛美とあの人2人にしか、分からないこと。
ちょっと、実験をしてみたくなった。
私は今、酒井地蔵の前にはいない。
1人で座っている。
しばらくして、
あの人が、私のところへ来た。
「あー、それ、限定品のやつだー」
消しゴムのケース。
定番カラーとは異なる色の、
期間限定、数量限定販売。
「俺、これとは違う色、買ったよー」
あの人の手には、私のと同じだけど
色違いの消しゴム。
松永も来た。
「俺も、持ってるよ」
この人と松永は、ずっと文房具の話しをしている。
「川本くんは、昨日は、なにしてたの?」
「え? 俺?」
ちょっと上を向いて、考えてから
口を開く。
「えーっと、昨日は……」
「ずっと、私とライン、してたんだよねー」
突然の、愛美の乱入。
「え? あ、うん。まぁ、そうだな」
愛美はしゃべる、ひたすらしゃべる。
私と松永と、この人は、
ただ愛美の話しを聞いている。
時々笑って、相づちをうってる。
落ち着いたカップルって、
こんなものなのかな?
それを聞いてみたいけど
聞けるような相手が、
私にはいない。
この人は、笑っている。
愛美の話しにも、笑顔で応えている。
「そういえば、横山さん、
さっきから俺のことずっと見てたけど
なにか用でもあった?」
不意打ち! そんなストレートな聞き方をされると
逆に答えられないじゃないか。
「いや、顔、変わったかな~
と、思って」
とっさに口から出たウソ
「なにそれ」
この人は笑って、机の上で腕を組み
そこにあごを埋めて、私を見上げる。
「あいかわらず、天然だね」
そんな仕草に、鼻血が出そう
瞬殺、即死なナチュラルキラースマイルが炸裂しても、
負けてはいけない。
「あ、いや、そうじゃなくて……」
なんとかごまかそうとしたら、
愛美がこの場を制した。
「ねぇ、もう授業、始まっちゃうよ」
愛美の手が、ごくごく自然に
この人の半袖からの、むき出しの腕に触れる。
「あぁ、本当だね」
それを、この人は
当たり前のように受け流す。
私は、触ったことないのに。
2人が立ち去って
私の側には、松永が残った。
「あの二人、
やっぱり、つき合ってんだね」
私の実験は、終了
「そりゃ、そうだよ」
何かを言いたげな松永の横で
私はわざと大きな音を立てて、教科書を広げた。
大丈夫だよ、松永、
そんなに心配してくれなくても
私はもう、動揺しない。
動揺、しない。