何もしゃべらず、1ミリも動かず
ただ黙って本を読んでいるだけの酒井地蔵くんの隣で
昼休み、なにも考えず
ぼーっと過ごしている時間が
何よりも好き
傷つきまくっている私を
それを知っている仲間が
黙って見守ってくれている。
本当にありがたい。
甘えている、自覚もある。
だけど、ここは優しいから
どこへも動けない。
だがそこへ、最近きららが突撃してくる。
「も~、誰も私の相手、してくんない」
きららの相棒だった愛美が、
大希くんを独占して、構いっぱなしで、
他を寄せ付けないのが原因だ。
「ひどくない?
彼氏とあたしと、どっちが大事なのよぉ!」
そのしわ寄せを、なぜ私たちが受けなくてはならないのか
それがこの宇宙人には、分かっていない。
「そりゃあさぁ! 入学して一番最初の時から
ずっと好きだったからさぁ
うれしいのは分かるよ」
延々と続くきららの愚痴
私は聞いているけど、ちゃんと聞いてないふりをする。
「だけど、ひどくない?」
「きららちゃん、さっきから
それしか言ってないよね」
「だって、みなみも
そう思うでしょ!?」
いつから、私を呼び捨てにする仲になったんだ。
大体、お前が来ると
紗里奈だけでなく、松永までもが
私を気遣って振り回されるのが
気にくわない。
「しょーがねぇだろ、
今はそういう時期なんだから」
そして何より、
一樹までもが、やってくる。
「もう少ししたら、落ち着くって」
一樹は足を組み、
イライラと足先を揺らす。
勘弁してくれ。
ここは私の、平和なオアシスだったのに
何もかも全て、
愛美が、あの人を独占しているのが原因だ。
きららは、やたらと絡んでくるし
一樹は、そわそわして落ち着かない。
私は、ため息をついた。
ちらりと横を向いた、酒井地蔵さまと目があう。
そうか、この人も、
この浮き足だったような雰囲気が
気にはなっているんだな。
だけど、どうしようもないじゃないか。
私には、こいつらを何とかしようという気持ちなど
さらさら持ち合わせていない。
私は今、浮かれまくったこいつらに
つき合う気分じゃないからね
知らないよ
やかましい一樹ときららの相手は
従者松永と、紗里奈に任せよう。
聞いてるけど、聞いてない話し
私は自分の殻に閉じこもる
きららの話しによると、
大希くんと愛美は、
今週末に、初デートに行くらしい。
私だったら、そうだな
駅で待ち合わせて、
初めて一緒に出かけた
水族館へ行こう。
遠足の時には行けなかった
海岸の砂浜に降りて
一緒に、歩きたい。
何を見ても、何を聞いても
あの人のことばかりが
頭を支配する。
「ねー、さっきから、
酒井くんとみなみ、
時計が止まってるよ」
きららは、両手の人差し指をたてて
それを触角みたいに、頭にくっつける。
「なに? テレパシーで、
交信でもしてんの?」
きららの言葉に、紗里奈と松永が笑った。
一樹も。
腹が立つ、ムカつく
あんたは、何にも知らないくせに!
その無神経さに、誰が一番
迷惑してると思ってんだ!!
「そう、交信してんだよ」
その瞬間、酒井地蔵が、しゃべった。
ムカついた私が、勢いで
言い返そうとした時だった。
きららは、びっくりしてる。
あのやかましいきららが
うずくまって、静かになった。
私も、びっくりした。
酒井くんの、ナイスフォロー
それがなければ、私はとんでもないことを
口走っていたかもしれない。
お地蔵さまは、なんでもお見通し
それに気づいて、私は恥ずかしくなって
きららと一緒に、黙ってうずくまる。
「あー、もう、つまんねーな!」
そう言った一樹は、ほおづえをついて
こともあろうに、
紗里奈に向かって言った。
「なぁ、カラオケにでも、行かない?」
「えっ?」
紗里奈が引いてる。
もちろん、松永と私と、
たぶん酒井くんも、引いた。
なんで今、このタイミングで、カラオケ?
「あ、ゴメン、そんなタイプじゃ
なかったよな」
一樹が、珍しく困っている。
何を考えているのか、
どうせ誘うなら、松永オンリーだろ。
コイツのことは、前から不可解だったが
ますます分からなくなった。
しかもなぜ、紗里奈を誘う?
完全に、お前のキャラじゃないし
お前が誘う相手じゃない、
いきなりすぎて、こっちもびっくりだ。
空気読めないにも、ほどがある。
「あー、いや、
どっか行けたら、いいかなーと思って。
あ、みんなでね」
なんだ? 一樹、
お前は、どういう風の吹き回しだ?
ついに脳みそでも、本気で溶け始めたのか??
紗里奈もびっくりして、一樹のアホ面をじーっと見てる。
さすがに一樹も、自分のしでかした失態に
気づいているらしい。
一樹がこんなに焦っているところ、
初めて見た。
だって、唐突すぎて
不自然すぎる。
なにがしたいのか、さっぱり分からない
不気味とすら、言っていい。
なんで一樹は、
こんなことを言い出したんだろう
「いいよ、みんなで行こう」
「えぇっ!!」
その時、酒井地蔵さまが、動いた。
手にしていた本を閉じて、立ち上がる。
「行こうよ。
………………。
俺、カラオケ、行ったこと、ないけど」
酒井不動明王さまのこのご発言とご威光に、
誰もが言葉を失った。
酒井さまは、きっとこの世のなにもかもを
お見通しなのだ。
それでもって、この場を正しく治める
考えをお持ちなのに違いない。
だからこそ、発せられたこのお言葉なんだ。
ここは、酒井大明神に
大人しく従っておこう。
多分みんなも、そう思った。
この後、カラオケBOXに
全員で速攻に参拝した。