私は何も言えないまま立ち尽くし、ただ、ただ、先生の心の痛みだけが手に取るように伝わっていた。


先生の心の痛みが伝わったのは、仕事を選んで別れた時の私と大和の事を、ほんの少しだけ思い出していたからかもしれない。



「だけど落ち込んでいるわけじゃないんだ。自分で選んで、二人で話し合って決めた事だし。お互いの為だったと思う。だから…。」


相葉先生はいつもの穏やかな表情で私を見つめ、


「だから、河原がそんな悲しい顔をする必要はないんだぞ?」


そう言って、優しく笑ってくれた。


そんな相葉先生を見ていて、私はどうしようもない位に泣きたくなっていた。




相葉先生は優しくて、


すごく優しくて、


いつも自分の事よりも他人の事ばかりを気遣うから。


そんな人が自分の意思を通して、義理の父親の力になれなかった事を


悔やまない訳がないのだから。


本当はすごく悲しいに決まってるのに―…




私が決して泣くまいと必死に涙を堪えている内に、昼休みが終わりかけている事に気付いた相葉先生は、


「だから、俺には指輪がないんだよ。こんな風になるなよ?」


そう言い残して準備室を出て行った。


出て行く相葉先生を見送りながら、私の頭の中では、結婚が決まった相葉先生に電話をした時の記憶が蘇えっていた。



『先生、幸せになってね。絶対幸せになってね。約束だよ…?』



この言葉は、苦しい想いを抱えて言った言葉だったけれど、相葉先生に幸せになって欲しいと願う気持ちに嘘は無かった。


本当に幸せになって欲しいと思ってた。


結婚してしまう事は悲しかったけれど、それでも願っていたんだ。


だけど…


『だけど、相葉先生は幸せじゃなかったの―…?』



相葉先生が辛い時間を過ごしていたんだと知って、


私はとても、とても、悲しかったんだ…。