「あの頃の河原は本当に頑張ってたもんなぁ。まさか講師になるなんて、思ってもいなかったけれど。」


動揺してばかりの私とは違い、相葉先生は至ってマイペースに高校時代の私の事を思い出しているようだった。


なんだか思い出して欲しくない事まで思い出されていそうで、気まずさを感じた私は、思わず相葉先生から顔を背けた。


その時、私の目に飛び込んできたのは、窓から差し込む夕陽で廊下がオレンジ色に染まっている光景だった。


その暖かな光景は、とても私を懐かしくさせた。



「とにかく楽しみにしてるよ。頑張ろうな!」

「…はいっ、頑張ります!」


懐かしさに浸っていた私は、慌てて答えながら逸らしていた視線を相葉先生に戻した。


見上げた時の相葉先生は、とっても優しく笑っていて、

私はほんの少しだけ、キュッと胸が締め付けられるような感じがした。


この笑顔が好きだった。

優しい話し方が好きだった。

心地良い、声のトーンが大好きだった―…



相葉先生と話していると、自然と生徒だった頃の自分に戻っている気がした。


だけど私は講師として、仕事でこの学校に来るのだから、一緒に働く以上、そんな状態が良いはずがなくて。


何より、相葉先生は好きになってはいけない人なのだ。

相葉先生には奥さんがいて、きっと可愛い子供もいるのだろう。



『好きになっちゃいけない。

自分を傷付けない為にも、

相葉先生の事を好きになっちゃいけない。

絶対に、ダメ…。』


私は何度も心の中で、そう、自分に言い続けていた。



「では、また来月伺いますので。」

そう言って、出入り口でもう一度私達が頭を下げると、


「どうぞ宜しくお願いします。帰りはくれぐれもお気をつけて。」

と、教頭先生と相葉先生がご丁寧にお見送りをしてくれた。


「では、失礼致します。」

最後のガラス扉を潜り、扉が閉まった後にチラリと相葉先生を見た時、相葉先生は笑顔で頷くようにして私に合図をした。


『また今度。』


そう言われたような気がして、私も同じように笑顔で小さく頷き返したのだった。