「茉莉花ちゃん!一緒に帰ろう!」
HRが終わり百合は茉莉花に声をかけると茉莉花はうん、と頷いた
「もう秋だねー」
帰り道の地面には落ち葉がカサカサと舞っている
『一年ってあっという間だね』
高い空を見つめる茉莉花の横顔を見て百合は少し切なくなった
あの夏休みの一件以来、茉莉花は少しずつ元気になったように見えたが時折寂しそうにしているのが百合にとってずっと気がかりだった
「勉強の方はどう?」
就職希望だった茉莉花が進学に決めたと教えてくれたのは夏休みが明けてすぐだった
あれから放課後はアルバイトを減らして先生に受験勉強を手伝ってもらっているらしい
『んー、先生は問題ないって言ってくれてるけど、少し不安かな。みんなよりスタートが遅かったし』
茉莉花は眉を寄せて困ったように笑った
「そっか…」
専門学校へ行く自分には大きな試験などはなく、必死に勉強する茉莉花に対して励ます言葉も見つからなかった
「!」
ふんわりと香ばしい香りが鼻をかすめ、その元を辿っていくと先の方に大きくたいやき焼きという幟が見える
「茉莉花ちゃん!たいやき!たいやき食べよう!」
『え!?ちょっと百合!?』
茉莉花の手を引いて店まで走る
「いつも頑張ってる茉莉花ちゃんに御褒美です!」
百合は一つ茉莉花に渡した
『ありがとう』
それを微笑んで受け取る
二人は近くのベンチに腰掛けた
「じゃあ、カンパーイ!」
『たいやきで乾杯っておかしくない?』
「いいのいいの!」
たいやきを二つ合わせて乾杯!と言って食べ始める
「んー!美味しい!」
『久しぶりに食べた。美味しいね』
少し肌寒くなった季節に温かい物を食べると心がほころぶようだった
「…茉莉花ちゃんは…さ」
少し遠慮がちに茉莉花に話しかける
「"会いたい人"に、もう会えないの?」
茉莉花はその質問に目を伏せてうん、と頷いた
「…その人、どんな人だったの?」
すると茉莉花は目を瞑り微笑みながら思い出しているようだった
『すごく…強い人』
「強い?」
するとクスッと茉莉花が笑う
『力が強いとかじゃなくてね?なんていうんだろ…自分の事よりも相手の事を考えていて。絶対に自分の弱いところを見せない…心がすごく強い人だった』
でも、と続ける
『私は…弱味を見せてほしかった。もっと頼って欲しかった。きっと、ずっと不安だったと思うの。だから…私も支えたかった』
茉莉花は悲痛に耐えている表情だった
「きっと…茉莉花ちゃんはその人にすごく大切にされてたんだね」
茉莉花は顔を上げて百合を見る
「その人は弱さを見せなかったんじゃなくて、茉莉花ちゃんがいたから強くなれたんじゃないかな?」
その言葉はいつか自分がハルトに対して思っていたことだった
「茉莉花ちゃんの知らない所で、その人は茉莉花ちゃんに支えられてたんだよ」
『…そうだと、いいな』
いつの間にか辺り一面オレンジ色になっていた
「もし、今その人に会えたらどうする?」
百合の質問にんー、と顎に手を当てて考える
『とりあえず一発殴る!』
「え!?」
珍しく茉莉花からの力強い言葉に百合は驚きを隠せずにいた
「な、殴っちゃうの?」
『うん。だって私に寂しい思いをさせたんだもん。それくらいしなくちゃ気持ちがおさまらない』
百合は呆気にとられた後、大声で笑った
「茉莉花ちゃん最高だよー!」
『え?なんで?笑う所あった?』
百合の笑顔に茉莉花もつられて笑った
ーーきっと、茉莉花ちゃんにこんな事を言わせる人は世界でその人だけなんだろうな
ーーいつか、どこかで
ーー茉莉花ちゃんがその人とまた出会えたらいいな…
百合の小さな願いはオレンジ色から微かに光る星々に溶けていった
END
綺麗な立ち姿だな…
それが初めて君を見た時の印象だった。
クラス発表を見てから各クラスごとに体育館に集まり、整列している君の後ろ姿は
しっかりと前を見据えて、周りの騒がしさを感じさせないくらい静かで、可憐で目が離せないでいた。
きっともう、その時から俺は君に恋をしていたのかもしれない。
高校3年になり、少しクラスが馴染み出した頃だった
今まで話したことなかった子とも仲良くなれて毎日が楽しくなっていた
「………」
だけど、いつも窓際で一人本を読んでいる女の子が気になっていた
彼女の名前は林茉莉花というらしい
彼女はグループに属さずいつも一人で時間を過ごしている
「っでー、またいつものお店行ったんだけど…って楓太聞いてる!?」
「え、ああ、ごめん。なに?」
「あんたねー、いつもボーッとアホ面して…」
「アホ面ってなんだよ!ちょっと考え事してたんだよ!」
「へー、楓太でも考える事があるんだねー」
「なんだとー!?」
言い合いをしているのは道下美月(みちした みづき)。小さい頃から家族ぐるみの幼馴染で今年は同じクラスになった
「で、私の話を聞かず何の考え事をしてたわけ?」
美月はじとっと楓太を睨んだ
「いや…、あの子さ、いつも一人でいるけど仲良い子いないのかな?」
どれ?と美月が楓太の肩越しに茉莉花を覗く
「ああ、林さんね。どうなんだろ?前も同じクラスだったけど特別仲良い子ってのはいなかった気がする」
ふーん、と美月の答えに楓太も彼女を見る
「なに?気になるの?」
「え?いや、気になるっていうか一人で寂しくないのかなって…」
美月は楓太の答えに笑った
「あんたみたいに万年うさぎさんじゃないのよ!一人でいるのが好きな人もいるの!」
そんなもんか、と楓太は納得したように会話に戻った
「はーい、席につけー。授業始まるぞー」
そこに担当教科の先生が入ってくる
「今日はこの間出した課題の答え合わせするぞー」
先生のその言葉に楓太はげっ、と顔を歪ませる
急いでノートを開いてみたがそこに答えは全く載っていなかった
「や、やべぇ…」
当たりませんように!と心で願って課題を進め始める
「そうだなー、まず1問目は出席番号1番の人にしよう」
楓太はぶわっと背中に汗が伝った感じがした
出席番号1番…
「麻生。前に出て来て」
やっぱり…とゆっくり椅子を引き黒板に向かう
「問2はー、今日の日付が27日だから…出席番号27番の林!」
楓太は呼ばれた彼女を見ると彼女は「はい」と短く返事をし、黒板に向かう
カツカツカツ…と彼女がチョークで黒板に答えを書く音が聞こえる
「麻生!早くしろ!」
その声にビクッとして思わずノートを落としてしまった
「ぅあ…」
変な声が出てしまってノートを拾おうとすると誰かの手が見えた
それは林さんの手でビックリして彼女の顔を見る
ーーあ、近くで見ると綺麗だな…
そんな事を思っていると彼女は落とした白紙のノートを凝視しているのが分かった
「あ、えっと…」
空気が重く、急いでノートを拾おうとすると彼女は何故か自分のノートを手渡して席に戻った
何故彼女がそんな事をしたのか…最初はわからなかったが先生の早くしろ、という催促の声にそのまま彼女のノートを持って答えを黒板に書き写した
ーーきっと彼女は助けてくれたんだ…
チョークを持つ手が少し震えていつもより字が汚くなった
「は、林さん、ありがとう」
緊張のあまりどもってしまった
自分は今彼女に普段の自分として映っているのだろうか
『いいえ』
ふんわりと笑う彼女に胸がどきりとした
初めて彼女の笑顔を見た、そして初めて自分に向けられている声を聞いた
「き、綺麗な字だね」
もっとその声が聞きたくて思いついた言葉をすぐに伝える
『ありがとう。勝手にノート持ってっちゃったし、後で迷惑なことしちゃったなって思ってた』
「そんなことないよ!すごく助かった!」
「楓太ー!次体育だぞー!」
友達に呼ばれて振り返る
「あ、うん。じゃあ…あの、ほんとにありがとう」
そのまま教室の扉で待っている友達の所まで荷物を持って走った
「お前ー、林さんと何喋ってたんだよー」
「べ、別になんでもねぇよ!」
肩を組んでニヤニヤしてくる友達に素っ気なく返し、教室を出て更衣室に向かおうと足を進めた時にもう一度ちらりと彼女を見る
彼女は何も無かったかのように身支度をしているのが見えた
「あー、彼女ほしーーっ」
今日の体育の授業はバスケだった
楓太と友達の陸は得点係でクラスメイトの試合を眺めている
「へぇー」
「"へぇー"じゃねぇよ!俺ら華の高校生だぞ!?青春真っ盛りだぞ!?恋愛という名のスパイスが日常に必要ではないか!」
熱弁する陸を尻目に「そんなもんかねー」と興味なさそうに得点板の上で肘をつき顎に手を添える
「ま、お前には道下がいるもんなー」
「だーかーらー、アイツとはそんなんじゃねぇって」
幼馴染でよく話すからと言って小さい頃からさんざんみんなに言われて来た言葉に、楓太は強く否定せずため息をつきながら答える
「じゃあ楓太のタイプってどんな子だよ?」
「山内さんみたいなギャル系?それとも川瀬さんみたいなふんわり美人?」と鼻の下を伸ばしながら真後ろでバレーの授業を受けている女子を見て陸が言った
「俺は…」
その時コートの隅で体育座りをしている茉莉花を見た
「…物静かで、芯がしっかりしてて優しい人」
「ふーん」
目線を感じ隣を見ると陸が自分の顔を見ているのに気付いた
その視線にハッと我に返りバスケの試合に目を向けちょうど得点が入ったことを知らせる笛の音で点数を加算する
「ま、美月とは正反対の人ってこと」
「あー、道下は物静かってタイプじゃないもんな」
「誰の事を言ってるのかしら?」
その声にビックリして振り返るとバレーボールを持った美月が仁王立ちしていた
「あんたねー、私だって選ぶ権利あるんだから!私だってあんたみたいなヘニャヘニャ男、タイプじゃないから!」
「ヘニャヘニャってなんだよ!」
「ヘニャヘニャはヘニャヘニャでしょー!昔は私の後ろばっかりくっついてたくせに!」
「いつの話だよ!ガキの時の話を蒸し返すんじゃねー!」
「あーあー、出た出た。夫婦喧嘩ですかっての」
半ば呆れ顔の陸に勢いよく二人で振り向く
「夫婦喧嘩じゃねぇ!!」
「夫婦喧嘩じゃない!!」
また顔を見合わせてフンッと勢いよく離れ美月は授業に戻って行った
「楓太君も罪な男ですねー」
「?」
なんでもねぇよ、と陸ははぐらかし楓太もそれ以上追求しなかった
「今日のこの時間は再来週に控えた体育祭の参加種目を決めるぞー」
ゴールデンウィークも明け、一年で最初のイベントがやってきた
昔から運動が好きなタイプだったのでこのイベントは楓太にとって楽しみの一つだった
「委員会で協議した結果、今年は立候補形式では無く、全校生徒あみだくじで参加する競技を決めることになりましたー!なのでみなさん恨みっこなしですよー!」
体育委員の百合がそういうと男子は、はーい!と気持ちのいい返事をしていた
「今年の競技種目はこんな感じでーす!」
張り出された紙を見るとよくわからない競技種目もあり、出来れば普通の種目に当たりますようにと心の中で願った
「俺、去年騎馬戦だったんだよなー。出来れば個人種目がいいわ」
陸が楓太の隣に立ちそう言った
「あー、団体競技って大変だもんなー」
二人であみだくじを選ぶ
「はい、ではみなさんの競技種目を発表しまーす!」
各々、自分の競技種目を調べる
「うわー!俺、騎馬戦じゃん!」
またかよー、と項垂れる陸に「どんまい!」と肩を叩く
「えーっと俺は…」
辿っていくと見慣れない競技種目だった
「ちょ…俺のこの女装リレーってなに…?」
楓太の当たった競技種目に陸は大爆笑
「おまっ…高校最後の体育祭でっ…ぶっ、女装て!!!」
周りのクラスメイトも笑っている
「女装リレーとはその名の通り、女装してリレーをしてもらいます!」
百合が得意げに説明をしているが楓太は絶望に満ちた顔でそれを受けるしかなかった
『駄目だ…私本当にみんなの足を引っ張ってしまう…』
その声に振り返ると彼女が肩を落としているのが見えた
「またまたー、そんな事言ってー!茉莉花ちゃんなんでも器用にこなすじゃない!」
『いや…ほんとに…』
最近の彼女は川瀬さんと仲が良い
それに前より少し雰囲気が柔らかくなり話しかけやすくなったように思う
かと言って特に共通の話題もないので自分から話しかけることはないまま、見ているだけだった
「女装リレーねー。楓太にピッタリじゃない」
種目別に練習するため運動場に行くと美月と山内さんが話しかけてきた
「何がピッタリなんだよ」
「麻生君可愛い系だし、きっと女装似合うよ。私が化粧してあげるね」
「そりゃどうも」
楽しみだった体育祭が一気に楽しみではなくなった
「…林さん…走ってる…よな?」
「誰だ?林さんの靴に重り入れたやつ」
クラスメイトの声にトラックを走っている彼女を見ると顔を真っ赤にさせながら一生懸命走ってる姿が見えた
「あらー、林さん運動苦手なんだね」
「林さんでも苦手なことってあるんだ」
美月と山内さんさんが話しているのを聞いて「確かに…」と声を漏らす
だけど、なんだか、一生懸命走っている彼女の姿が新鮮で
ーー可愛い…
「…っ!」
自分の思考に驚いて楓太は勢いよく後ろを向きそのまま水道場を目掛けて走る
「楓太!?」
美月が呼んでいたが答えずそのまま蛇口を捻り顔に水を入れ浴びる
ーーなんだなんだ!?
一気に顔に熱が集中し、それを冷ますように水を浴び続ける
それと同時に心臓が大きく波打っているのがわかる
キュッ…と水を止め、大きく息を吐く
「うわ…マジか…」
右手でおでこを抑えるとそこも熱く感じる
この気持ちの正体がなんとなくわかる
これは、恋をしている。そう確信した午後だった
自分の気持ちに気付いてからというもの、学校に行けば自然と彼女を目で追ってしまう
最近の彼女はとてもやわらかく、少し前まで孤立していたとは思えないくらいクラスメイトとの仲が深まっていた
「こういうのはどう?」
「えー、地味じゃない?もっと可愛くて目立つ、かつ動きやすい服!」
「じゃあこれはー?」
女子はみんな体育祭の仮装の話しで持ちきりだ
「なぁなぁ、俺らは?」
陸が話題に入っていくのを見てチャンスだと思い、自分も輪の中に入っていく
「俺らの意見とか必要ないの?」
そう言って楓太も近付こうとすると、
「男子は大丈夫!向こう行って!」
「間に合ってまーす」
「………」
ーー美月達め…
楓太はジロリとひと睨みし、自分の席へと戻って行った
気持ちに気付いたからといって、元々恋愛に奥手な楓太は茉莉花を見ているだけだった
何が好きなのか、普段はどんなことをして過ごしているのか…そんな簡単な質問さえも口から心臓が出そうなくらい緊張し、ついには何も言えず口を閉ざしてしまう
そんな毎日を過ごしているとあっという間に体育祭本番だ
朝からすぐに仮装し、まだ若干ジメついている天気に体がだるさを覚える
自分の椅子を持ち、運動場に向かう階段を降りていると下の方で誰かの話し声が聞こえる
螺旋状になっている手摺りから身を乗り出し見てみるとそこには想い人の横顔が見えた
「あ、林さんこんなとこで何やって…」
太陽の光が届きにくい少し暗がりの階段を降り、茉莉花のいる踊り場まで向かうとそこには普段と雰囲気の全く違う彼女がいた
いつもは制服で隠れている脚が…
露わで…
「…えっと、どうかした?」
その言葉にハッと我に返り、顔に熱が集中する
「お、俺が持ってっとくから!」
半ば無理矢理、茉莉花の手にあった椅子を奪い取り自分の椅子と重ねて持ち上げそのまま運動場まで走っていった
「はぁっ、はぁっ…」
椅子を二つ持ち上げながら全速力をしたため、運動場手前で息切れをし膝に手をついて呼吸を整える
「あれはっ…やばいっ…」
どくどくと波打つ心臓を抑え足元に目線を下ろす
「楓太?何してんの?」
振り向くとそこには美月が自分の椅子を持ってこちらを訝しげに見ていた
「な、なんでもねぇよ!」
「なんでもないって…あんた顔真っ赤だけど…」
「なんでもないって!ほら、行くぞ!」
会話を無理矢理終わらせクラス席に向かう楓太を不思議そうに見た後、美月も同じ場所に向かった
「なんで…俺が…こんな…」
自分のくじ運を呪いたい、そんな最悪な気分
「くっ…くくっ…いやー、思ったより、に、似合ってっ…」
「笑うなら笑え」
楓太のその一言で陸はとうとう声を出して笑った
「超可愛いよ!似合ってる似合ってる!」
顔にはベタベタに塗られた化粧品の匂いとジャラジャラした装飾品
クラスの女子に囲まれてされるがまま椅子に座っている
「なんとでも言え…」
ーー泣きそう…こんな姿、林さんに見られたら…
「麻生くん?」
聞き覚えのある心地いい声が耳に届く
振り向くと茉莉花が首を傾げて近づいていた
「いえ、あの、人違いです。」
「何言ってんのよ」
顔を手で隠してせめて見られない様にガードしても周りがそうだよ、と勝手に答えていく
『すごく似合ってるよ』
「…複雑な気分です。」
好きな人に女装の姿を見られた挙句、似合ってると言われても素直に喜べず下を向く
パニエのふわふわの生地がなんとも憎たらしい
その時、前髪に誰かの手が触れる
「…!」
『こうすると女の子みたい。麻生くん可愛い顔してるから、つい似合ってるって言っちゃった。ごめんね?』
いつもよりだいぶ至近距離にある彼女の顔に驚き、勢いよく後ろに体をひいてしまった
「あ、え、いや、えと、そろそろ並ばないとっ…!」
少し、いやかなり不自然だったと思うが出来うる限り平常心を装い種目別に集まる輪に入り込む
自分達の番になり、スタート地点に立つ
チラリとクラスの方を見ると、規制線のすぐそばに彼女がいるのが見えた
視線をもう一度足元に移し、先程撫でられた前髪に触れる
一呼吸整え、足を後ろに引きパンっという合図でトラックを走り抜けた
ーーああ、やっぱり好きだな
自然と軽くなる体、心地いい風、生徒達の歓声を聞きながら楓太はゴールテープを切った
「林さん!」
『麻生くん』
それからは以前より少し距離が縮まったと思う
会えばたわいもない話しをし、たまにクラスメイト数名で勉強を教え合ったりそれなりに毎日を楽しく過ごしていた
季節はあっという間に夏になり、みんな夏休みで浮かれている
クラスメイトがみんなでプールに行こうと話し大盛り上がりだ
「おいー!譲二、林さんばっかじゃなくて俺たちとも遊べよな!」
「プールいいなー!私も行きたい!」
「私も!」
「じゃあみんなで楽しい思い出作ろう!」
楓太ももちろん茉莉花も笑い、楽しくなりそうな夏休みに胸を躍らせていた
だが、約束した夏休み、彼女は一度も姿を見せなかった
夏休み明け、日誌を取りに職員室に向かっているとちょうど職員室から出てくる茉莉花と出会った
「林さん!おはよう!」
『麻生くん、おはよう』
1ヶ月ぶりに見た彼女は少し痩せているように見えた
「元気にしてた?プール…来てなかったみたいだから…」
すると彼女は申し訳なさそうに顔に影を落とす
『ごめんなさい…。約束したのに…』
「あ、いや、いいんだ!元気なら…それで…」
必死に取り繕う楓太に茉莉花は眉を下げて微笑む
「職員室へは何か…呼び出し?」
話題を逸らそうと尋ねる
『進路を…変えようかと思って』
「進路?林さん就職希望だっけ?進学するの?」
驚きで次々と質問攻めになってしまっていることに気付き、一旦息を飲む
『ある人に…たくさん、大切な事を教わったから…。私も誰かにそれを伝えていきたいなって思って』
微笑む彼女はとても綺麗だった
「どういう道に進むの?」
すると少し顔を赤らめながら彼女は綺麗な髪を右耳にかけた
『教師に…なりたくて』
ーー林さんが、先生
「すごいよ、きっと林さんならなれるよ!すごく似合ってる!」
その言葉に彼女はまた照れくさそうに笑った
彼女の中でどういう変化が生まれたかはわからない
だけど、まっすぐ前を見据えるその姿はきっと揺るぎない何かを胸に秘めているのだと感じた
「楓太ー!写真撮ろー!」
美月の呼び声に振り向く
みんな胸にお揃いの薔薇のコサージュを付けている
今日は卒業式だった
卒業証書用の丸筒を持ってみんなが別れを惜しんでいる
「はいっ、チーズ!…ってもっと笑いなさいよー!」
撮り終えてすぐにスマートフォンを確認した美月は笑顔のない楓太の表情に不満を漏らしつつ、楓太の頬を引っ張る
「やーめーろ!お前との写真はガキの時からずっとあるんだからもういいだろ!」
「小さい時と今とじゃ全く違うでしょ!」
「こんな時でもまた夫婦喧嘩ですか〜?」
「夫婦じゃねえ!」
「夫婦じゃない!」
陸の言葉にいつも通り二人で勢いよく否定する
「あ、やべ、俺机に忘れ物した」
「もー、あんたはこんな時も鈍臭いんだから」
「まだ教室空いてんじゃね?」
「ちょっと取りに行ってくる!」
美月に荷物を渡し教室まで走った
ーーそういえば林さん見なかったな…
教室のドアに手をかけると鍵が閉まっておらず、安堵の息をもらしドアを開ける
「あ…」
『!麻生くん』
ドアを開けるとそこには教室の窓から外を眺めている茉莉花がいた
「どうしたの?みんなと集まらないの?」
自然と彼女の近くに歩み寄る
『ちょっと…黄昏てた』
恥ずかしそうに笑う彼女に胸が高鳴る
こんな風に彼女と会話をするのはきっともうこれで最後だろう
「合格…おめでとう。先生になる第一歩だね」
あの日、夢を聞かされた日から彼女は必死に遅れを取り戻し無事大学に合格した
『ありがとう。まだまだこれからだけどね』
こんな風に自然に彼女と話せるなんて、3年前は思わなかった
少しは君に近付けたのかな
「あの…さ、林さん」
窓の外を見ていた彼女の瞳がこちらを向く
「その、俺…」
きっと今言わないと後悔する。何をしてる、早く自分の気持ちを伝えるんだ。そうもう一人の自分が訴えかける
「…林さんが前に言ってた大切な事を教えてくれた人って、林さんにとって大事な人なの?」
彼女の瞳が微かに揺れるのを感じた
そして悲しく微笑みながら頷く
『とても、大事な人。私に人を愛することを教えてくれた』
ーーああ、やっぱり
心のどこかでずっと思ってた。だって、この3年間ずっと君を見ていたから
『人の温かさを、自分の強さを、信じる気持ちを…たくさん教えてくれた。すごく支えられた』
彼女から一筋の涙が溢れる
『その人から貰ったものを次は私が誰かに伝えたい。それが私が彼に出来ることだと思ってる』
まるで自分に言い聞かせるように彼女を前を向いてそう言う
その凛とした横顔は初めて彼女を見た時の姿と同じだ
『!麻生くん…?』
彼女の目から溢れる涙を親指の腹で拭った
今はこんなに近くで君に触れることが出来る、だけど
「…とても、好きだったんだね」
その言葉は彼女に言ったのか、自分に言ったのだろうか
「大丈夫。林さんならきっと、どんな事も乗り越えていける。たくさんの人を幸せにできる。そう信じてるよ」
泣きながら笑う彼女の顔を忘れないように目に焼き付けた
「ふーたー!あんたまーだ教室に居たの!?これから打ち上げだよ!」
茉莉花のいなくなった教室で楓太は机に座りながら窓の外を眺めていた
「ちょっと!ボケッとしてないでさっさと行くわよ!」
「なぁ美月」
美月は窓の外を見続ける楓太の腕を引っ張るが名前を呼ばれ振り向いた
「俺って意気地なしだよなー…」
「はぁ?何を今さら、分かり切ったことを言って…っ!」
美月は楓太の顔を覗き込むと言葉を詰まらせた
「すごく、好きだったのにっ…。「好きだ」って…たった一言が伝えられなかった…っ」
悔しそうに涙を流す楓太に何も言えなかった
わかってた。どんなに好きでも叶わない事もあるということを。
「…ほーら!今日は特別!美月さんの肩を貸してやろう!」
美月は楓太の隣に座り肩を組んだ
「それだけさ、人を好きになれるってすごい事じゃん。両想いだけが全てじゃないよ。私があんたの良いところいっぱい知ってるから」
ポンポンと規則正しいリズムで肩をたたかれる
その心地良いリズムに馬鹿みたいに涙を流し、そっと目を閉じた
瞼の裏に最後に見た彼女の笑顔が浮かんだ
ああ、きっと君は知らないんだ。
こんなに俺が君を好きだったこと。
だけど、それでもいい。
この想いは、この痛みは、ずっと色褪せず心に留まり続けるんだ。
だけど、これだけは覚えていて。
君は俺に人を愛することを教えてくれた、たった一人の初恋の人なんだ。
END