キミが教えてくれたこと◆番外編◆



『…ん』

そっと目を開けるとそこは見慣れない天井だった

思考がうまくまとまらず、ゆっくり光の射す方を見ると運動場が見える

そこで今自分は保健室にいるのだと認識した


左手で目の辺りにあたっている前髪を払おうとすると身動きが取れず不思議に思って首を動かす






「お、やっと起きたか。茉莉花はいつも起こしても起きないもんなー」


『………』


「あ、パスタ元気か?」





『きゃぁぁああぁあぁぁあ!!!』


「うおっ!」


茉莉花は目の前にいるハルトに驚いて悲鳴をあげた



「そんな、人を化け物みたいに…。もう化け物じゃねぇよ」


茉莉花は布団を口元まで持っていき、マジマジとハルトを見る


『ほ、ほんもの?なの?』


「ああ」


先程から何か暖かいものを掴んでいるのに気付き左手を見ると、しっかりハルトの右手を掴んでいた


『きゃぁぁああぁあぁぁあ!』


「なんだよ!実体あったろ、本物だって!」


未だに信じられない、という顔をしたがどこをどう見てもそれはハルトで

温かくて

懐かしくて


そんな事を思っていると茉莉花の目から涙が溢れた



『嘘じゃないよね…っ本物なんだよね…っ?』


「うん、そうだよ」

優しく答えるハルトにたまらず茉莉花は飛び付こうとする


ハルトもそれに答える様に両手を広げた







バッシーーーーーンっっ!!!


「ぃいっっってぇっ!!!」

茉莉花は勢いよくハルトに平手打ちをした

「なっ!茉莉花!なにすんだよ!!」


ハルトは殴られた衝撃で床に転がり左頬を抑えて怒りを露わにした




『それはこっちのセリフよ!なにしてんのよ!勝手に現れて勝手にいなくなって…また勝手に現れて!!私がどれだけっ…!』


そこまで言うと茉莉花は溢れんばかりの涙を流した




『私がっ…どれだけあなたに会いたかったかっ…。全然分かってない…!』

泣きじゃくる茉莉花を見て胸が締め付けられつつも、ハルトは立ち上がりベッドに座った



「…うん、ごめんな。すぐに会いに行かなくて」


『もうっ…ごめんは聞き飽きたっ…!』


その言葉にふっと笑ってハルトは茉莉花の瞼に口付ける


茉莉花はその行動に顔を赤くし、突然の出来事に涙が止まった



「…俺、事故にあった時打ち所が悪くてさ。ずっと、昏睡状態だったらしい」


『え…?』


ハルトは少し俯いた


「目覚めた時は事故からちょうど一年経ったって医者が言ってた。もうこのまま目覚めることはないだろうと思ってたらしいけど、目が覚めた時は奇跡だってすげー喜んでくれたよ」


『!』

ふとハルトの右手を見ると事故にあった時のものであろう痛々しい傷跡が長袖のシャツから見えた



「ずっとリハビリと治療をしてて、高校も一年留年。それでも教師の夢を諦めたくなくて必死だった」


『…ごめんなさい。何も知らないのに、勝手なこと言って…』


ハルトは俯く茉莉花の顔をそっと手で上げた



「…俺、信じてたんだ。絶対に茉莉花とどこかで会えるって。確かな理由なんてないけど、俺達があの時出会ったってことが全てだ。あんな奇跡、どこを探したってない。きっと運命なんだ」



茉莉花は涙を流しながら笑顔で頷いた





「まぁ…後は…その…」


『?』


ハルトは少しふてくされた様に頭を搔き視線を外す



「もし…今、茉莉花に恋人とかいたりしたら…、会いに行きづらいなってのもあった…」


茉莉花は目を見開いてパシンッ!と先程よりは軽めにハルトの肩を叩いた


「いて!何すんだよ!」


『いるわけないでしょ!』


茉莉花は顔を真っ赤にして怒鳴った




『私には、ずっとずっとハルトだけだったんだから!ずっとずっとずっと、ハルトの事が好きだったんだから!』


「!うん、俺も。ずっと茉莉花だけを好きだったよ」


その言葉を聞いて茉莉花は堪らずハルトに抱き着いた


ハルトの存在を確かめるように、温度を感じたくてぎゅーっと力を込める



「………んーっと。茉莉花さん?」


『?』


茉莉花はきょとんとした顔でハルトを見上げる



「…俺ね、これでも結構いろいろ我慢してたんだよね。だから、あんまりそういうことされると…」

茉莉花は未だによくわかっておらず、ハルトを見上げるだけだった



「…だから、ここ、ベッドの上。…あんまり可愛いことされると襲いますけど…」


『!!』


茉莉花は勢いよくハルトから離れ布団で身を隠す


『ばっ、馬鹿じゃないの!?』

「仕方ないだろ!実体がない時なんて触れることも出来なかったし、そっから7年も想い続けてた相手が目の前にいるんだから…生殺しだわ!」


な、生殺しって…と茉莉花は口をパクパクさせる


「…ん、」


ハルトは両手を広げる


『なっ、なに』


「絶対襲わないから。だから、抱きしめさせてよ」


ハルトは顔を赤くして茉莉花に伝えた

茉莉花はおそるおそるハルトに近付くと腕を引っ張られ胸に収められた


『ちょ!』

「…ったかった…』

『え?』


何て言ったか分からず聞き返す







「会いたかった…」

掠れるようなハルトのその言葉にまた涙が溢れる



『うん!私もっ…!』


二人はゆっくり離れ目を合わせる



『おかえり!ハルト!』

「ただいま、茉莉花」


そしてどちらからともなく顔を近づける









「茉莉花せんせー!身体の調子は…いかが…で…」

そこに勢いよく保健室のドアを開けた桃井が二人を見て固まった


茉莉花とハルトもそのまま固まる


・・・・・。


三人の間には数秒の沈黙が流れた


「な、何も見てませんから!お気になさらず!失礼します!!」


『も、桃井先生!!待って!!』


桃井は急いで廊下へ引き返す

そして扉から顔だけを出す


『………。』


桃井は笑顔で親指を立てるとそのまま保健室のドアを閉めた


ドアノブにかかっている看板を「出張中」に変え、誰も入らないように気を利かせる


「ふふふ、春ですねー」


そして何も言わず職員室に帰って行った




『さ、最悪…』

茉莉花はベッドの上で項垂れる


「ま、生徒じゃなくて良かったな」

『そういう問題じゃありません!』

茉莉花は生徒に叱る時と同じ言い方をしてしまって、あっ、と顔を赤める


「ふっ…ははっ」

『っははは』


二人は目を合わせて笑った




「これからは、同じ時間を一緒に過ごそう」

『うん、今度は私がハルトを支えてあげる』


また二人は笑い合い、そっと口付けた


夕日が部屋を照らし二人の影が重なっていた









END


「茉莉花ちゃん!一緒に帰ろう!」

HRが終わり百合は茉莉花に声をかけると茉莉花はうん、と頷いた


「もう秋だねー」

帰り道の地面には落ち葉がカサカサと舞っている


『一年ってあっという間だね』


高い空を見つめる茉莉花の横顔を見て百合は少し切なくなった


あの夏休みの一件以来、茉莉花は少しずつ元気になったように見えたが時折寂しそうにしているのが百合にとってずっと気がかりだった



「勉強の方はどう?」

就職希望だった茉莉花が進学に決めたと教えてくれたのは夏休みが明けてすぐだった


あれから放課後はアルバイトを減らして先生に受験勉強を手伝ってもらっているらしい


『んー、先生は問題ないって言ってくれてるけど、少し不安かな。みんなよりスタートが遅かったし』


茉莉花は眉を寄せて困ったように笑った


「そっか…」


専門学校へ行く自分には大きな試験などはなく、必死に勉強する茉莉花に対して励ます言葉も見つからなかった



「!」

ふんわりと香ばしい香りが鼻をかすめ、その元を辿っていくと先の方に大きくたいやき焼きという幟が見える



「茉莉花ちゃん!たいやき!たいやき食べよう!」


『え!?ちょっと百合!?』


茉莉花の手を引いて店まで走る


「いつも頑張ってる茉莉花ちゃんに御褒美です!」

百合は一つ茉莉花に渡した


『ありがとう』

それを微笑んで受け取る

二人は近くのベンチに腰掛けた


「じゃあ、カンパーイ!」

『たいやきで乾杯っておかしくない?』

「いいのいいの!」


たいやきを二つ合わせて乾杯!と言って食べ始める


「んー!美味しい!」

『久しぶりに食べた。美味しいね』

少し肌寒くなった季節に温かい物を食べると心がほころぶようだった



「…茉莉花ちゃんは…さ」


少し遠慮がちに茉莉花に話しかける



「"会いたい人"に、もう会えないの?」


茉莉花はその質問に目を伏せてうん、と頷いた


「…その人、どんな人だったの?」


すると茉莉花は目を瞑り微笑みながら思い出しているようだった



『すごく…強い人』

「強い?」


するとクスッと茉莉花が笑う


『力が強いとかじゃなくてね?なんていうんだろ…自分の事よりも相手の事を考えていて。絶対に自分の弱いところを見せない…心がすごく強い人だった』


でも、と続ける


『私は…弱味を見せてほしかった。もっと頼って欲しかった。きっと、ずっと不安だったと思うの。だから…私も支えたかった』


茉莉花は悲痛に耐えている表情だった


「きっと…茉莉花ちゃんはその人にすごく大切にされてたんだね」

茉莉花は顔を上げて百合を見る


「その人は弱さを見せなかったんじゃなくて、茉莉花ちゃんがいたから強くなれたんじゃないかな?」

その言葉はいつか自分がハルトに対して思っていたことだった


「茉莉花ちゃんの知らない所で、その人は茉莉花ちゃんに支えられてたんだよ」


『…そうだと、いいな』


いつの間にか辺り一面オレンジ色になっていた



「もし、今その人に会えたらどうする?」


百合の質問にんー、と顎に手を当てて考える






『とりあえず一発殴る!』


「え!?」


珍しく茉莉花からの力強い言葉に百合は驚きを隠せずにいた


「な、殴っちゃうの?」

『うん。だって私に寂しい思いをさせたんだもん。それくらいしなくちゃ気持ちがおさまらない』


百合は呆気にとられた後、大声で笑った


「茉莉花ちゃん最高だよー!」

『え?なんで?笑う所あった?』


百合の笑顔に茉莉花もつられて笑った




ーーきっと、茉莉花ちゃんにこんな事を言わせる人は世界でその人だけなんだろうな


ーーいつか、どこかで


ーー茉莉花ちゃんがその人とまた出会えたらいいな…






百合の小さな願いはオレンジ色から微かに光る星々に溶けていった







END


綺麗な立ち姿だな…


それが初めて君を見た時の印象だった。



クラス発表を見てから各クラスごとに体育館に集まり、整列している君の後ろ姿は


しっかりと前を見据えて、周りの騒がしさを感じさせないくらい静かで、可憐で目が離せないでいた。


きっともう、その時から俺は君に恋をしていたのかもしれない。








高校3年になり、少しクラスが馴染み出した頃だった

今まで話したことなかった子とも仲良くなれて毎日が楽しくなっていた


「………」


だけど、いつも窓際で一人本を読んでいる女の子が気になっていた


彼女の名前は林茉莉花というらしい


彼女はグループに属さずいつも一人で時間を過ごしている



「っでー、またいつものお店行ったんだけど…って楓太聞いてる!?」


「え、ああ、ごめん。なに?」


「あんたねー、いつもボーッとアホ面して…」


「アホ面ってなんだよ!ちょっと考え事してたんだよ!」


「へー、楓太でも考える事があるんだねー」


「なんだとー!?」


言い合いをしているのは道下美月(みちした みづき)。小さい頃から家族ぐるみの幼馴染で今年は同じクラスになった


「で、私の話を聞かず何の考え事をしてたわけ?」


美月はじとっと楓太を睨んだ



「いや…、あの子さ、いつも一人でいるけど仲良い子いないのかな?」


どれ?と美月が楓太の肩越しに茉莉花を覗く



「ああ、林さんね。どうなんだろ?前も同じクラスだったけど特別仲良い子ってのはいなかった気がする」


ふーん、と美月の答えに楓太も彼女を見る


「なに?気になるの?」

「え?いや、気になるっていうか一人で寂しくないのかなって…」


美月は楓太の答えに笑った


「あんたみたいに万年うさぎさんじゃないのよ!一人でいるのが好きな人もいるの!」


そんなもんか、と楓太は納得したように会話に戻った



「はーい、席につけー。授業始まるぞー」


そこに担当教科の先生が入ってくる


「今日はこの間出した課題の答え合わせするぞー」


先生のその言葉に楓太はげっ、と顔を歪ませる

急いでノートを開いてみたがそこに答えは全く載っていなかった


「や、やべぇ…」


当たりませんように!と心で願って課題を進め始める


「そうだなー、まず1問目は出席番号1番の人にしよう」

楓太はぶわっと背中に汗が伝った感じがした

出席番号1番…


「麻生。前に出て来て」

やっぱり…とゆっくり椅子を引き黒板に向かう


「問2はー、今日の日付が27日だから…出席番号27番の林!」


楓太は呼ばれた彼女を見ると彼女は「はい」と短く返事をし、黒板に向かう


カツカツカツ…と彼女がチョークで黒板に答えを書く音が聞こえる


「麻生!早くしろ!」

その声にビクッとして思わずノートを落としてしまった


「ぅあ…」

変な声が出てしまってノートを拾おうとすると誰かの手が見えた

それは林さんの手でビックリして彼女の顔を見る


ーーあ、近くで見ると綺麗だな…


そんな事を思っていると彼女は落とした白紙のノートを凝視しているのが分かった



「あ、えっと…」


空気が重く、急いでノートを拾おうとすると彼女は何故か自分のノートを手渡して席に戻った


何故彼女がそんな事をしたのか…最初はわからなかったが先生の早くしろ、という催促の声にそのまま彼女のノートを持って答えを黒板に書き写した


ーーきっと彼女は助けてくれたんだ…


チョークを持つ手が少し震えていつもより字が汚くなった



「は、林さん、ありがとう」

緊張のあまりどもってしまった

自分は今彼女に普段の自分として映っているのだろうか


『いいえ』

ふんわりと笑う彼女に胸がどきりとした

初めて彼女の笑顔を見た、そして初めて自分に向けられている声を聞いた


「き、綺麗な字だね」


もっとその声が聞きたくて思いついた言葉をすぐに伝える


『ありがとう。勝手にノート持ってっちゃったし、後で迷惑なことしちゃったなって思ってた』


「そんなことないよ!すごく助かった!」


「楓太ー!次体育だぞー!」


友達に呼ばれて振り返る


「あ、うん。じゃあ…あの、ほんとにありがとう」

そのまま教室の扉で待っている友達の所まで荷物を持って走った



「お前ー、林さんと何喋ってたんだよー」

「べ、別になんでもねぇよ!」


肩を組んでニヤニヤしてくる友達に素っ気なく返し、教室を出て更衣室に向かおうと足を進めた時にもう一度ちらりと彼女を見る


彼女は何も無かったかのように身支度をしているのが見えた





「あー、彼女ほしーーっ」

今日の体育の授業はバスケだった

楓太と友達の陸は得点係でクラスメイトの試合を眺めている


「へぇー」

「"へぇー"じゃねぇよ!俺ら華の高校生だぞ!?青春真っ盛りだぞ!?恋愛という名のスパイスが日常に必要ではないか!」


熱弁する陸を尻目に「そんなもんかねー」と興味なさそうに得点板の上で肘をつき顎に手を添える


「ま、お前には道下がいるもんなー」

「だーかーらー、アイツとはそんなんじゃねぇって」


幼馴染でよく話すからと言って小さい頃からさんざんみんなに言われて来た言葉に、楓太は強く否定せずため息をつきながら答える


「じゃあ楓太のタイプってどんな子だよ?」

「山内さんみたいなギャル系?それとも川瀬さんみたいなふんわり美人?」と鼻の下を伸ばしながら真後ろでバレーの授業を受けている女子を見て陸が言った


「俺は…」


その時コートの隅で体育座りをしている茉莉花を見た



「…物静かで、芯がしっかりしてて優しい人」


「ふーん」


目線を感じ隣を見ると陸が自分の顔を見ているのに気付いた

その視線にハッと我に返りバスケの試合に目を向けちょうど得点が入ったことを知らせる笛の音で点数を加算する


「ま、美月とは正反対の人ってこと」

「あー、道下は物静かってタイプじゃないもんな」


「誰の事を言ってるのかしら?」


その声にビックリして振り返るとバレーボールを持った美月が仁王立ちしていた


「あんたねー、私だって選ぶ権利あるんだから!私だってあんたみたいなヘニャヘニャ男、タイプじゃないから!」

「ヘニャヘニャってなんだよ!」

「ヘニャヘニャはヘニャヘニャでしょー!昔は私の後ろばっかりくっついてたくせに!」

「いつの話だよ!ガキの時の話を蒸し返すんじゃねー!」


「あーあー、出た出た。夫婦喧嘩ですかっての」

半ば呆れ顔の陸に勢いよく二人で振り向く




「夫婦喧嘩じゃねぇ!!」
「夫婦喧嘩じゃない!!」

また顔を見合わせてフンッと勢いよく離れ美月は授業に戻って行った


「楓太君も罪な男ですねー」

「?」


なんでもねぇよ、と陸ははぐらかし楓太もそれ以上追求しなかった







「今日のこの時間は再来週に控えた体育祭の参加種目を決めるぞー」


ゴールデンウィークも明け、一年で最初のイベントがやってきた


昔から運動が好きなタイプだったのでこのイベントは楓太にとって楽しみの一つだった


「委員会で協議した結果、今年は立候補形式では無く、全校生徒あみだくじで参加する競技を決めることになりましたー!なのでみなさん恨みっこなしですよー!」


体育委員の百合がそういうと男子は、はーい!と気持ちのいい返事をしていた


「今年の競技種目はこんな感じでーす!」



張り出された紙を見るとよくわからない競技種目もあり、出来れば普通の種目に当たりますようにと心の中で願った



「俺、去年騎馬戦だったんだよなー。出来れば個人種目がいいわ」


陸が楓太の隣に立ちそう言った


「あー、団体競技って大変だもんなー」



二人であみだくじを選ぶ



「はい、ではみなさんの競技種目を発表しまーす!」


各々、自分の競技種目を調べる


「うわー!俺、騎馬戦じゃん!」

またかよー、と項垂れる陸に「どんまい!」と肩を叩く


「えーっと俺は…」


辿っていくと見慣れない競技種目だった



「ちょ…俺のこの女装リレーってなに…?」


楓太の当たった競技種目に陸は大爆笑


「おまっ…高校最後の体育祭でっ…ぶっ、女装て!!!」


周りのクラスメイトも笑っている


「女装リレーとはその名の通り、女装してリレーをしてもらいます!」

百合が得意げに説明をしているが楓太は絶望に満ちた顔でそれを受けるしかなかった


『駄目だ…私本当にみんなの足を引っ張ってしまう…』


その声に振り返ると彼女が肩を落としているのが見えた


「またまたー、そんな事言ってー!茉莉花ちゃんなんでも器用にこなすじゃない!」

『いや…ほんとに…』


最近の彼女は川瀬さんと仲が良い

それに前より少し雰囲気が柔らかくなり話しかけやすくなったように思う


かと言って特に共通の話題もないので自分から話しかけることはないまま、見ているだけだった



「女装リレーねー。楓太にピッタリじゃない」

種目別に練習するため運動場に行くと美月と山内さんが話しかけてきた


「何がピッタリなんだよ」

「麻生君可愛い系だし、きっと女装似合うよ。私が化粧してあげるね」

「そりゃどうも」


楽しみだった体育祭が一気に楽しみではなくなった


「…林さん…走ってる…よな?」

「誰だ?林さんの靴に重り入れたやつ」


クラスメイトの声にトラックを走っている彼女を見ると顔を真っ赤にさせながら一生懸命走ってる姿が見えた


「あらー、林さん運動苦手なんだね」

「林さんでも苦手なことってあるんだ」


美月と山内さんさんが話しているのを聞いて「確かに…」と声を漏らす


だけど、なんだか、一生懸命走っている彼女の姿が新鮮で



ーー可愛い…


「…っ!」

自分の思考に驚いて楓太は勢いよく後ろを向きそのまま水道場を目掛けて走る


「楓太!?」


美月が呼んでいたが答えずそのまま蛇口を捻り顔に水を入れ浴びる


ーーなんだなんだ!?


一気に顔に熱が集中し、それを冷ますように水を浴び続ける

それと同時に心臓が大きく波打っているのがわかる


キュッ…と水を止め、大きく息を吐く



「うわ…マジか…」


右手でおでこを抑えるとそこも熱く感じる


この気持ちの正体がなんとなくわかる


これは、恋をしている。そう確信した午後だった








キミが教えてくれたこと◆番外編◆

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