バサバサバサッ!!!
茉莉花は束ねていた資料を派手に落としてしまった
「?林先生?どうかされましたか?」
教職員達の視線が一番後ろの茉莉花に注がれる
『…え!?あ、いや…すみません!』
茉莉花は慌てて資料を拾い集める
ーーありえない。だってハルトはっ…
混乱している頭を搔き集める資料に集中させ自身を落ち着かせようとする
『!』
その時、目の前に散らばっていた資料が手渡されるのが見えた
「…ほんと、茉莉花は変わってねぇな」
どうしようもないヤツ、と目尻を下げて笑っているハルトがそこにいる
『は…ハルト…なの?』
「ん、」
少し照れくさそうに短く返事をした
『………っ』
バタンっ!と大きな音を立てて茉莉花は後ろに倒れ込んだ
「は、林先生!?」
「茉莉花先生!」
「茉莉花!?」
教職員達が慌てて駆け寄るのが見えた
そこにずっとずっと会いたかったハルトが血相を変えて覗き込むのが見える
ーーあぁ、ハルト、昔より大人になってる…
そんな事を思ったまま、茉莉花は意識を失ってしまった
夢を見ていた
それはハルトと会えなくなってから毎日の様に見ていた夢だ
茉莉花は高校生で、ハルトも同じクラスの生徒
二人は最初こそ仲良くはなかったが、一緒に過ごしていくうちに打ち解け、登下校をしいつの間にかお互いが想いあっていて…。
そんなありふれた学生時代の夢
そんなありふれた幸せな夢
そしていつも目覚めると心にぽっかり穴が空いたように虚しくなる
そんなこと、ありえないのに。と…
もうハルトはいないのに。
『…ん』
そっと目を開けるとそこは見慣れない天井だった
思考がうまくまとまらず、ゆっくり光の射す方を見ると運動場が見える
そこで今自分は保健室にいるのだと認識した
左手で目の辺りにあたっている前髪を払おうとすると身動きが取れず不思議に思って首を動かす
「お、やっと起きたか。茉莉花はいつも起こしても起きないもんなー」
『………』
「あ、パスタ元気か?」
『きゃぁぁああぁあぁぁあ!!!』
「うおっ!」
茉莉花は目の前にいるハルトに驚いて悲鳴をあげた
「そんな、人を化け物みたいに…。もう化け物じゃねぇよ」
茉莉花は布団を口元まで持っていき、マジマジとハルトを見る
『ほ、ほんもの?なの?』
「ああ」
先程から何か暖かいものを掴んでいるのに気付き左手を見ると、しっかりハルトの右手を掴んでいた
『きゃぁぁああぁあぁぁあ!』
「なんだよ!実体あったろ、本物だって!」
未だに信じられない、という顔をしたがどこをどう見てもそれはハルトで
温かくて
懐かしくて
そんな事を思っていると茉莉花の目から涙が溢れた
『嘘じゃないよね…っ本物なんだよね…っ?』
「うん、そうだよ」
優しく答えるハルトにたまらず茉莉花は飛び付こうとする
ハルトもそれに答える様に両手を広げた
バッシーーーーーンっっ!!!
「ぃいっっってぇっ!!!」
茉莉花は勢いよくハルトに平手打ちをした
「なっ!茉莉花!なにすんだよ!!」
ハルトは殴られた衝撃で床に転がり左頬を抑えて怒りを露わにした
『それはこっちのセリフよ!なにしてんのよ!勝手に現れて勝手にいなくなって…また勝手に現れて!!私がどれだけっ…!』
そこまで言うと茉莉花は溢れんばかりの涙を流した
『私がっ…どれだけあなたに会いたかったかっ…。全然分かってない…!』
泣きじゃくる茉莉花を見て胸が締め付けられつつも、ハルトは立ち上がりベッドに座った
「…うん、ごめんな。すぐに会いに行かなくて」
『もうっ…ごめんは聞き飽きたっ…!』
その言葉にふっと笑ってハルトは茉莉花の瞼に口付ける
茉莉花はその行動に顔を赤くし、突然の出来事に涙が止まった
「…俺、事故にあった時打ち所が悪くてさ。ずっと、昏睡状態だったらしい」
『え…?』
ハルトは少し俯いた
「目覚めた時は事故からちょうど一年経ったって医者が言ってた。もうこのまま目覚めることはないだろうと思ってたらしいけど、目が覚めた時は奇跡だってすげー喜んでくれたよ」
『!』
ふとハルトの右手を見ると事故にあった時のものであろう痛々しい傷跡が長袖のシャツから見えた
「ずっとリハビリと治療をしてて、高校も一年留年。それでも教師の夢を諦めたくなくて必死だった」
『…ごめんなさい。何も知らないのに、勝手なこと言って…』
ハルトは俯く茉莉花の顔をそっと手で上げた
「…俺、信じてたんだ。絶対に茉莉花とどこかで会えるって。確かな理由なんてないけど、俺達があの時出会ったってことが全てだ。あんな奇跡、どこを探したってない。きっと運命なんだ」
茉莉花は涙を流しながら笑顔で頷いた
「まぁ…後は…その…」
『?』
ハルトは少しふてくされた様に頭を搔き視線を外す
「もし…今、茉莉花に恋人とかいたりしたら…、会いに行きづらいなってのもあった…」
茉莉花は目を見開いてパシンッ!と先程よりは軽めにハルトの肩を叩いた
「いて!何すんだよ!」
『いるわけないでしょ!』
茉莉花は顔を真っ赤にして怒鳴った
『私には、ずっとずっとハルトだけだったんだから!ずっとずっとずっと、ハルトの事が好きだったんだから!』
「!うん、俺も。ずっと茉莉花だけを好きだったよ」
その言葉を聞いて茉莉花は堪らずハルトに抱き着いた
ハルトの存在を確かめるように、温度を感じたくてぎゅーっと力を込める
「………んーっと。茉莉花さん?」
『?』
茉莉花はきょとんとした顔でハルトを見上げる
「…俺ね、これでも結構いろいろ我慢してたんだよね。だから、あんまりそういうことされると…」
茉莉花は未だによくわかっておらず、ハルトを見上げるだけだった
「…だから、ここ、ベッドの上。…あんまり可愛いことされると襲いますけど…」
『!!』
茉莉花は勢いよくハルトから離れ布団で身を隠す
『ばっ、馬鹿じゃないの!?』
「仕方ないだろ!実体がない時なんて触れることも出来なかったし、そっから7年も想い続けてた相手が目の前にいるんだから…生殺しだわ!」
な、生殺しって…と茉莉花は口をパクパクさせる
「…ん、」
ハルトは両手を広げる
『なっ、なに』
「絶対襲わないから。だから、抱きしめさせてよ」
ハルトは顔を赤くして茉莉花に伝えた
茉莉花はおそるおそるハルトに近付くと腕を引っ張られ胸に収められた
『ちょ!』
「…ったかった…』
『え?』
何て言ったか分からず聞き返す
「会いたかった…」
掠れるようなハルトのその言葉にまた涙が溢れる
『うん!私もっ…!』
二人はゆっくり離れ目を合わせる
『おかえり!ハルト!』
「ただいま、茉莉花」
そしてどちらからともなく顔を近づける
「茉莉花せんせー!身体の調子は…いかが…で…」
そこに勢いよく保健室のドアを開けた桃井が二人を見て固まった
茉莉花とハルトもそのまま固まる
・・・・・。
三人の間には数秒の沈黙が流れた
「な、何も見てませんから!お気になさらず!失礼します!!」
『も、桃井先生!!待って!!』
桃井は急いで廊下へ引き返す
そして扉から顔だけを出す
『………。』
桃井は笑顔で親指を立てるとそのまま保健室のドアを閉めた
ドアノブにかかっている看板を「出張中」に変え、誰も入らないように気を利かせる
「ふふふ、春ですねー」
そして何も言わず職員室に帰って行った
『さ、最悪…』
茉莉花はベッドの上で項垂れる
「ま、生徒じゃなくて良かったな」
『そういう問題じゃありません!』
茉莉花は生徒に叱る時と同じ言い方をしてしまって、あっ、と顔を赤める
「ふっ…ははっ」
『っははは』
二人は目を合わせて笑った
「これからは、同じ時間を一緒に過ごそう」
『うん、今度は私がハルトを支えてあげる』
また二人は笑い合い、そっと口付けた
夕日が部屋を照らし二人の影が重なっていた
END
「茉莉花ちゃん!一緒に帰ろう!」
HRが終わり百合は茉莉花に声をかけると茉莉花はうん、と頷いた
「もう秋だねー」
帰り道の地面には落ち葉がカサカサと舞っている
『一年ってあっという間だね』
高い空を見つめる茉莉花の横顔を見て百合は少し切なくなった
あの夏休みの一件以来、茉莉花は少しずつ元気になったように見えたが時折寂しそうにしているのが百合にとってずっと気がかりだった
「勉強の方はどう?」
就職希望だった茉莉花が進学に決めたと教えてくれたのは夏休みが明けてすぐだった
あれから放課後はアルバイトを減らして先生に受験勉強を手伝ってもらっているらしい
『んー、先生は問題ないって言ってくれてるけど、少し不安かな。みんなよりスタートが遅かったし』
茉莉花は眉を寄せて困ったように笑った
「そっか…」
専門学校へ行く自分には大きな試験などはなく、必死に勉強する茉莉花に対して励ます言葉も見つからなかった
「!」
ふんわりと香ばしい香りが鼻をかすめ、その元を辿っていくと先の方に大きくたいやき焼きという幟が見える
「茉莉花ちゃん!たいやき!たいやき食べよう!」
『え!?ちょっと百合!?』
茉莉花の手を引いて店まで走る
「いつも頑張ってる茉莉花ちゃんに御褒美です!」
百合は一つ茉莉花に渡した
『ありがとう』
それを微笑んで受け取る
二人は近くのベンチに腰掛けた
「じゃあ、カンパーイ!」
『たいやきで乾杯っておかしくない?』
「いいのいいの!」
たいやきを二つ合わせて乾杯!と言って食べ始める
「んー!美味しい!」
『久しぶりに食べた。美味しいね』
少し肌寒くなった季節に温かい物を食べると心がほころぶようだった
「…茉莉花ちゃんは…さ」
少し遠慮がちに茉莉花に話しかける
「"会いたい人"に、もう会えないの?」
茉莉花はその質問に目を伏せてうん、と頷いた
「…その人、どんな人だったの?」
すると茉莉花は目を瞑り微笑みながら思い出しているようだった
『すごく…強い人』
「強い?」
するとクスッと茉莉花が笑う
『力が強いとかじゃなくてね?なんていうんだろ…自分の事よりも相手の事を考えていて。絶対に自分の弱いところを見せない…心がすごく強い人だった』
でも、と続ける
『私は…弱味を見せてほしかった。もっと頼って欲しかった。きっと、ずっと不安だったと思うの。だから…私も支えたかった』
茉莉花は悲痛に耐えている表情だった
「きっと…茉莉花ちゃんはその人にすごく大切にされてたんだね」
茉莉花は顔を上げて百合を見る
「その人は弱さを見せなかったんじゃなくて、茉莉花ちゃんがいたから強くなれたんじゃないかな?」
その言葉はいつか自分がハルトに対して思っていたことだった
「茉莉花ちゃんの知らない所で、その人は茉莉花ちゃんに支えられてたんだよ」
『…そうだと、いいな』
いつの間にか辺り一面オレンジ色になっていた
「もし、今その人に会えたらどうする?」
百合の質問にんー、と顎に手を当てて考える
『とりあえず一発殴る!』
「え!?」
珍しく茉莉花からの力強い言葉に百合は驚きを隠せずにいた
「な、殴っちゃうの?」
『うん。だって私に寂しい思いをさせたんだもん。それくらいしなくちゃ気持ちがおさまらない』
百合は呆気にとられた後、大声で笑った
「茉莉花ちゃん最高だよー!」
『え?なんで?笑う所あった?』
百合の笑顔に茉莉花もつられて笑った
ーーきっと、茉莉花ちゃんにこんな事を言わせる人は世界でその人だけなんだろうな
ーーいつか、どこかで
ーー茉莉花ちゃんがその人とまた出会えたらいいな…
百合の小さな願いはオレンジ色から微かに光る星々に溶けていった
END