「元気、出てきたか」

「うん」

「そうか。それなら良かった」

 彼女が微笑んだ。

 初めて作り笑顔でない笑顔を、見たような気がする。

「じゃあ、帰るね。紅茶、ごちそうさま」

「下まで、送ろうか?」

 不意にそんな言葉が出た。

「え?」

 彼女の驚く顔を見た。

 この表情を見るのも、初めてだ。

 返事を聞く前に、立ち上がって玄関へと向かう。

 こんなことをするのは、初めてだ。

 そして、最後の。

 1階の玄関ホールまで、一緒に行く。

「じゃあ」

「それじゃあ」

 彼女が去っていく。

 姿が見えなくなるまで、見ていようと思った。

 彼女が立ち止まって、振り返った。

 笑って手を振るのにつられて、こちらも振り返した。