頭を抱えるように片手で額をおさえたあと、悔しそうにつぶやいた。

「まあでも、遅かれ早かれこのことは明るみに出てしまうと思ったから、急いで本社へ報告したんです。靖人に聞いてませんか?ブラマってけっこう保守的というか閉鎖的で。一社員の言葉なんて聞いてくれないの。彼はそれが嫌で辞めてしまったけれど。……だから直接常務に訴えてみました」

「すごいですね」

「ことがことなだけに、さすがに見て見ぬふりはできないもの。常務も思ったよりもすぐに動いてくれたからちょっとホッとしました」


偽装表示の指示をした社員さんは、辞めさせられたりするのだろうか?
実行してしまった人たちも責められるのだろうか?
どこからどこまでが悪いのか、そのあたりの判断が私にはつかない。

次の言葉を待っていると、郁さんはキリッとした表情で口角を上げた。


「このことは公表することになりました。たぶん数日中には世間を騒がせてしまうと思います。コマチさんとうちの店舗は近いから、なにかご迷惑をおかけしたら申し訳ありません。先に謝っておきます」

「うちは全然、なにも謝られることなんてないですから。色々と、大変でしたね」


そもそもなんで私にこんな話をしてるんだろう、彼女は?
私はコマチの店長でも正社員でもなく、ただの契約社員だというのに。

オドオドしながらカフェモカをひと口飲んだら、郁さんは少し身を乗り出すようにして私をじっと見つめてきた。


「もう付き合ってますか?靖人とは」

「え!?い、いえ、付き合うとかそんなことは」

仕事の話はどこへ行った?と困惑していると、彼女は眉を寄せて不満げに口をとがらせた。

「そうなんですか?てっきり付き合ってるのかと。今回の件も本当は彼と直接会って話したかったんですけど、彼の方が私と二人で会うことはできないと言うので……」

「─────あの、聞いてもいいですか?」

「はい、どうぞ」


突然顔を上げて思い切ったように言い出した私を、郁さんはすんなりと受け入れる。
柔らかくて話しやすい雰囲気はあるけど、どうにも彼女のことは苦手だ。緊張してしまう。

「亘理さんという人がいながら……なぜ別な人とお付き合いしたんですか?どうしても、気になってしまって……。何か不満でもあったのですか?」

「………………全部知ってるんですね」

「……はい」

うなずいて見せると、郁さんはフフフと場違いに笑い出した。肩を揺らして、おかしそうに。

しかし、笑うところなんてどこにもなかったはずだと私の方は訝しげに顔をしかめるばかり。