「亘理さんがブラマにいた頃は……」

「もちろん、そんなのありませんでしたよ」

「じゃあいつから?」

私の疑問は、彼の疑問でもあるらしい。
考えても考えても答えは出ないようで、とても困ったように彼は首を振るばかりだった。

「本当に、何も知りません。その偽装表示の指示の大元がどこなのか、その店舗だけでやっていることなのか、何ひとつ分からないです」

「こんなことって、現実にあるんですね……ニュースで見るだけの他人事でした」


ショックが抜けきらなくて、妙に居心地が悪かった。

気持ちを落ち着かせるためにひと息ついていると、亘理さんが思いもよらない人の名前を口にした。

「ちょっと、郁に聞いてみます。把握していなければ調査してもらえますし。知らずに買う消費者のみなさんのことをないがしろにしてはいけませんから」

「郁さんに、会うんですか?」

自分でも信じられないくらいの、嫉妬心丸出しの言葉が出しまって慌ててごまかす。

「な、なんでもありません。すみません、失礼します」


亘理さんの顔も反応も見ずに、急いで事務所をあとにした。


私はいつまで、彼の元カノに苦しまなきゃならないんだろう。
同業者ってところがまた、縁を切りきれないようで切ない。

冷たい廊下を歩きながら、さっきよりももっと深いため息をついた。