「これ、良かったらもらって」

手渡された紙袋に入っていたのは1リットルの瓶。それはさきほどのオレンジジュースだった。


「え、いいんですか?」

「いつも作りすぎちゃうから、もらってくれたら助かるわ」と、お母さんはニコリと微笑む。お礼を言ったあと、ひき止めるように声を出したのはお母さんだった。


「あ、あの子は……。健太は学校ではどんな感じ?聞いても教えてくれないのよ」と、眉を下げる。


「……愛想はよくないです。怖がられてるし、人付き合いも上手じゃありません」

私の口から形だけの誉め言葉は出てこなかった。代わりに、自分の気持ちを吐露するだけ。


「でも私、津崎のことだけは嫌いだと思ったことがないです。……良いところばかりしか、ないです」

みんなが言う悪いところが、私にはちっとも見えてこないのだ。


気だるげに空を見上げている時も、集団行動から外れて空気を乱している時も、誰とも馴れ合いたくないと拒絶するような目をする時も、それがきみの悪い部分だとは思わない。

思えないほど、私は津崎が大切だ。

この気持ちだけは、大人になって色々なものが錆びていく毎日の中で腐ることはなかった。


私がお母さんに一礼をして、ドアノブに手をかけると「さ、皐月ちゃん……っ」と、なにかを言いかける。

津崎と同じ目だ。言いたいけれど、言うことができない。そんな瞳。


「また、遊びにきてね」

そう言うお母さんに、私はまた頭を下げた。