入り口付近で、松葉杖にリュックを背負った
飛田を見つけた。
「おう、沙菜。お疲れ」
飛田が必死で歩いてこようとするので、
私は駆け寄った。
「あともう一踏ん張りってゆうとこだな。
決勝も頑張れよ」
飛田は、吹っ切れたような笑顔で言った。
本当はまだ、未練があるのだろうけれども。
「あのさ、」
自分がどれだけ、飛田にひどいことをしているのか
自分でも分かっていた。
でも、するしかないと思った。
「赤沢の家、知らない?」
案の定、飛田の顔は曇った。
それは、私が話題を変えたことに怒っているのか、
赤沢に嫉妬しているのか、分からなかったけれど。
飛田は、眉間にしわをよせながら私をみつめて、
やがて、諦めたように言った。
「住所、送るわ」
そう言って、スマホを取り出す。
そんな飛田を見ると、なんだか目頭が熱くなった。
「本当にありがとう」
涙をこらえて、私は飛田に手を振った。
きっと飛田は、私が本気なのを悟ったんだ。
何をしようとしているのかは分かっていないだろう。
だけど、私がどうしても赤沢の家に
行きたいということを、分かってくれて。
私は、飛田から送られてきた住所を手に、
ただただ全力で走った。
二階建ての、様々な場所が錆びて
今にも壊れそうな、木造アパート。
私は書いてある住所を何度も見直す。
でも、何度見てもそのアパートで間違いなさそうだった。
てっきり、北見監督の息子っていうから、
豪華な家に住んでいるのだと思ってた。
イメージと違いすぎて、かなり驚く。
私は、そろそろとアパートの二階へ上がり、
赤沢の家だという「202」号室のインタフォンを鳴らす。
「はい」
ぶっきらぼうな、赤沢の声が聞こえてくる。
「本多です」
そう言うと、ドアが開いて赤沢が出てきた。
「なんでお前が来てるんだよ」
赤沢は、かなり機嫌が悪そうだった。
「あんただって前、うちに来たんだから、別にいいでしょ」
赤沢は、ため息をついて部屋に入っていったので、
私もついて行った。
中は見た目通り狭く、2人入るだけで
なんだか息苦しかった。
私が部屋を見回していると、赤沢が言った。
「ここ、俺一人で住んでるから」
え!
一人暮らし?
「え、北見監督とは一緒に住んでないの?」
思わずそんな言葉が出てきた。
言ってから、後悔する。
赤沢は、青ざめたような表情で、固まった。
聞いてはいけないことを聞いてしまった。
「え、あの、違うの。その……」
赤沢が北見監督のことを秘密にしていたってことは、
秘密にしないといけないための、何か理由があったのだろう。
そんなこと、分かってたはずなのに、つい。
私があたふたしているのに気づいて、
赤沢はフンと鼻で笑って言った。
「うん、住んでないよ。親父となんて」
そんなの当たり前だ、と言うように言われて、
言葉に詰まる。
「な、なんで」
顔色を伺いながらそう言う。
「だって俺、親父に捨てられたんだもん。5年前に」
ドクン、と胸が鳴った。
赤沢に、北見監督に、そんなことがあったなんて。
「で、でも。赤沢、野球、好きなんじゃないの?」
その言葉を聞いて、赤沢は私を思いっきり睨みつけてきた。
「これ以上、俺の事情に踏み込むな」
それはあまりにも冷たくて、
寂しい目をしていた。
「俺、親父大っ嫌いだから」
赤沢が、そう怒鳴る。
「親父がやってた野球も、親父のことを憧れとか
言っているお前も、みんな大っ嫌いだから」
大っ嫌い。
なぜだろう。
その言葉を聞いただけで、涙が溢れて
止まらなくなった。
他に言われたどんなに辛い言葉よりも、一番に
胸に突き刺さって離れなくなった。
私はその場にいるのが辛くなって、
立ち上がった。
「ごめん、今日は帰る」
私は赤沢の家を出た。
家を出て、歩き出してもなお、
涙は止まらなかった。