流石に、ちょっと心配になる。
「どうしたの?」
「ん?え、あー、別に」
明らかにおかしい赤沢に、
どう対応すればいいのか戸惑う。
赤沢は、一生懸命平然を装うとしていた。
「北見監督だっけ?知ってる、知ってる。あの人、
五十嵐にいたのか。というか、 まさかお前の憧れの人だったとはな」
私は何も言えないでいた。
それが余計に気まずい。
でもそれを無視するわけにもいかない。
「赤沢、どうかした?北見監督と、何かあったの?」
真面目な顔で、赤沢を見つめる。
赤沢も、さっきまでの中途半端な表情をやめ、
真面目な目つきに変わった。
でも、中々口を開こうとしない。
「私に、話してくれない?」
できるだけ、優しい口調で。
赤沢がもし、寂しい思いをしているのであれば、
力になってあげたいから。
「あのな、」
やっと赤沢が口を開いたその時、廊下の奥の方から
誰かが凄いスピードで走って来た。
西岡だった。
「本多、大変なんだよ!!」
西岡は、遠くの方から、必死な表情で私に叫んでくる。
その様子から、ただ事ではなさそうだった。
「どうしたの?」
私は、さっきまでの赤沢のことなんか忘れて、
真剣に西岡の話を聞こうとする。
「飛田が、事故に遭ったって」
私は、その言葉を信じることができなかった。
私と西岡は、病院の入り口で飛田を待った。
しばらくして、松葉杖をついた飛田が、
母親と監督と共に出てくる。
そんな飛田を見ると、胸がぎゅっと苦しくなった。
「飛田っ!」
西岡が、今にも泣きそうな顔で飛田の元へ
駆け寄り、抱きついた。
飛田は、もう何もかも失ったような顔をして
そっと西岡の背中に手を置く。
私も、西岡について寄って行き、
飛田の顔を見る。
「もう、心配したんだから」
そう言うと、飛田が私の方に目を向けて、
見つめてきた。
私の目から、涙が溢れてくる。
「無事で良かった」
私は飛田の背中に寄りかかった。
なんだか、飛田がここにいるっていう
実感がして、落ち着く。
飛田の温かさが伝わって来て、余計に
涙が止まらなくなる。
そんな様子を見ていた監督が口を開いた。
「怪我が軽かったことに感謝しろよ」
飛田は俯いて、ギプスが巻かれた
自分の足を見つめた。
確かに、怪我をしたのが足で良かった。
後遺症が残ることはないみたいだし、
治ったら野球を続けることもできる。
お医者さんは、運が悪かったら死んでいたと
言っていたそうだ。
生きていたのは良かった。
でも、飛田はもう甲子園に出ることはできない。
飛田の気持ちを考えると、何も言えなかった。
あんなにも、頑張って来たのに。
去年の悔しさと責任感から、人一倍努力して、
その分力もつけてきた。
それが、一瞬にして無駄になったような。
私がこんなにも悔しくて、涙が出ているんだから、
飛田はもっと悔しいだろう。
西岡も、仲間としてどう声をかけたらいいか
分からないようだった。
無言のまま、私達はしばらく感傷に浸った。
「絶対」
飛田が、グッと涙を堪えるような表情で言う。
「絶対甲子園行けよ」
強がりで、負けず嫌いで。
決して弱みを見せない。
そんな飛田の言葉が、胸に染み渡る。
私は、西岡と目を合わせる。
そして、大きく頷いて言った。
「もちろん」
たとえ、飛田が出れなくても、飛田を甲子園に
連れて行く。
そう、心に決めた。
私は、飛田の背中から離れる。
「お前らはそろそろ練習に戻れ」
監督が、私と西岡を見て言った。
「はいっ」
私達はもう一度飛田に向き直る。
「早く怪我治せよ。俺らには飛田が必要なんだよ」
「あんたいないと面白くないもんね」
そう言って手を振ると、飛田は微かに笑みを浮かべた。