キミに「きらい」って言わせたくて

飛田は、手を振るのを躊躇しているようだった。


「振ってあげなよ」


私が言うと、飛田はちょっと間を空けてから
笑顔で手を振り返した。





そして、4回表まできた。

ここまでの点数は8–1。


勝敗に心配はなかったけど、5回で終わらせる
ためにはこの回で3点は取っておきたい。


5番 上杉。


真面目で賢く、そこそこ打率も高い。
すでに、一塁には4番 飛田が、
二塁には2番 上路がいる。


ここで打ってくれれば。


そう思った時、カキンッという音が綺麗に響き渡る。


私は、上杉が打ったボールを懸命に目で追う。

そして、ストンと外野スタンドに落ちた。



入った。


胸が熱くなるほどの感動を覚える。


「きゃーーーー!!」


私はそう叫んで、ベンチにいる選手達と
ハイタッチを交わす。
ホームを回り終えた上杉が、ベンチに向かって
ガッツポーズをしてくる。

私は、ガッツポーズを返した。




11–1。

結局、星林は無失点のまま5回裏を終え、
コールドゲームとなった。


私達三年生にとって、地区大会での初の勝利だった。


「よくやったな」


監督も、満足そうに言った。
みんなの笑顔がさらに深まる。



私達の夢が、ここから、始まる。

次の日、私達はまた、いつもの学校のグラウンドに
戻って練習をする。


次の試合は、明後日。

もう、時間はない。


選手達は、倒れるほどの暑さの中、黙々と
トレーニングを続ける。


それにしても、痛いほど強い日差しだ。


みんな、炎天下の中にいるんだから、マネージャーの私だけ
日陰にいるわけにもいかないので、日差しに打たれながら
スポーツドリンクの準備をする。
「沙菜ちゃーん!」


声がした方を見ると、校舎の三階から
雛乃が顔を覗かせているのが見えた。

きっと、音楽室で練習をしているのだろう。

手にはトランペットを抱えていた。

「練習、頑張ってねーー」

「そっちもね」

雛乃は、ニコニコしながら手を振ってくるので、
私も嬉しくなって振り返す。


やっぱり、雛乃を見るとなぜか落ち着く。

雛乃は、何かそういう才能を持っている気がするんだ。
「沙菜、ちょっと」


そんなことを考えていると、飛田に呼ばれた。


修学旅行以来、飛田とは少し気まずいけど、
飛田は何事もなかったように接してくれる。


「悪いんだけど、校舎裏にあるネットを
運んで来てくれないか」


「分かった。行ってくるね」


飛田の言うネットとは、ボールが飛んでいったりしてしまわないように
仕切る、大きいネットのことだろう。

私は、校舎裏に向かう。
思ったよりも暑くて、お茶を飲んで来なかったことを
後悔した。


校舎裏と呼ばれる、校舎の奥にある小さな庭の
隣には、大きな図書館がある。

高校の敷地内にある図書館にしてはやけに
大きくて、星林の図書館は地方でもかなり有名だ。


私は図書館の前を過ぎ、ネットが置いてある場所に
たどり着く。


ネットは、2つあった。

両方持っていくべきなのであろうか。
でも、重さと大きさ的に、一人一つ持つのが限界だ。

それでも、もう一度取りに来るのも面倒なので、
持ち方を試行錯誤して少しずつ進む。



すると、一つ空いた図書館の窓から、
中に赤沢がいるのが見えた。


「赤沢!」


私が叫ぶと、赤沢は顔を上げた。

どうやら、一人で勉強をしていたようだった。

部活にも入っていない赤沢が、休みの日に
学校にいるには珍しい。
赤沢は、私が二つも大きなネットを抱えているとこを
見て、眉をひそめて言った。


「何してんだ」

「いやー、ちょっと飛田に頼まれて」

「ふーん」


興味がない、そう言ったように聞こえて、
ちょっと腹が立つ。


「手伝ってくれたりないんだ〜」


私がふざけたノリでいうと、赤沢は
無視するように本に視線を戻した。


ひどい。