「それが狙いだから。楓は分からなければ達也に聞く」
「あー、それって美香ちゃん恋のキューピッド?」


「私はそんないい人じゃないけどね」


恋のキューピッドは好きな人同士をくっつけるのであって、自分の都合で男女をくっつけたりしないと思う。


運命の女神様はそういうのが好きそうだけど。




私は今度こそ送信ボタンを押した。

「終わった?」
「うん」
「じゃあ一旦これ没収ね」
晶人さんが私のスマホをひったくる。

それを見た私は、ふと高校に合格した時のことを思い出した。

「………美香ちゃん、なにニヤニヤしてるの?」

ばつの悪そうな顔をしてそう聞いてくる。それがあまりにも可愛かったので、私は正直に答えてあげた。

「晶人さんがスマホ買ってくれた日のことを思い出してたの」
「あー」

それ以上は追及してこなかったのは、きっと私の考えていることが分かったからだろう。

でも、晶人さんをからかう材料を私はみすみす逃したりしない。

「私がスマホ欲しいって言ったら剣幕な顔してたよねー」
「それは___」

「スマホは美香ちゃんを駄目にするから買わない、だっけ?」

「そっ、そうだよ」
「でもさ、私が晶人さんとすぐにどこでも連絡できるから欲しいって言ったらさ、次の日の朝枕元に最新のスマホあるんだから、慌てん坊のサンタクロースもビックリだよね」

「美香ちゃん」
もう止めてと言わんばかりに私の名を呼ぶので、私はご飯をしている口に運んだ。今日のところはたくさんからかえたのでこれで満足だ。

いつもからかわれっぱなしではこちらも敵わない。これくらいの仕返しがちょうどいい。

「あっ!」
「ん、どうしたの美香ちゃん?」



「………例の件、まだやってなかった」





今度の展示会の作品とか楓とか達也とかのこと考えていたら、すっかり晶人さんのお願い忘れてた。

「あー」
晶人さんが困ったように笑う。

「美香ちゃんに頼むようなことじゃないし、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない。急ぎなんでしょ?」
「えっと………まあ」
「ごめん。一週間以内に見つけるから」

そう言いきった私に晶人さんは複雑そうに頷く。 

「食べよう。ご飯冷めちゃうよ?」
「うん」

いつもの高級ホテルの地下、完全会員制レストランの小部屋で私たちは、二人っきりで夕食を美味しくいただいた。

「そういえばさ」
「うん?」
「イケメンってどのくらいのレベル?」
またからかってるのかと思われそうだけど、これは真剣な質問だった。

だってイケメンと騒がれている人も、所詮小綺麗に着飾っているだけで、顔は実はそんなにイケてない人だって結構いる。後ろ姿だけイケメンとか。

逆に言えば、目立たないがよく見ればイケメンっていう人だっているのだ。


「美香ちゃんが思うイケメンでいいよ?」


「………それって、晶人さんと似てる人連れてこいってこと?」
「あははー、やだなー美香ちゃん。そんな人連れてきたら泣いちゃうよ?」

「は?」


「美香ちゃんのオンリーワンでナンバーワンがいいからね」


出た。何を考えてるのか分からないほどの甘い言葉攻撃。

「晶人さんに聞いたのがバカだった」
「うん。そうかもね」
私のぼやきをふんわりと微笑むことでかわす晶人さん。

「ねぇ」


「うん?」
「そろそろ、本当の誕生日と何歳なのか教えてよ」


そんなことを聞くのは、この男のことを私は三年一緒に寝起きしていたのに、本当はほとんど何も知らないから。


でも、決して私が知ろうとしなかった訳ではなくて、

「えー。………やだ」

「やだって、なんで?」
「なんか」

知られることを異常なまでに晶人さんが嫌うからだ。
しかも、その理由さえ教えてくれない。

だから何度も不安になる。
五年前突然現れた晶人さんが、なぜ私を好きになったのか、好きでいてくれるのか、何の根拠もないから。好きと言うけど私の全てが好きってなんだろう?



私は全てを愛され、許されるほど綺麗ではない。




「晶人さん」


「ん?」
「………ごめん。なんでもない」


私のこと本当に全部好き?


「そう?気になるなー」
「…せっかく、バカって言うの我慢したのに」
「えー?」


私は聞かない。
絶対に聞かない。


聞けない。


「そう言えば、今回も引き受けてくれたみたいだけど、イケメンってその達也くんのこと?」

「えっ⁉」
思わず大きな声が出た。

「なっなんで?」
「………だって美香ちゃんの口から出てくる男の子ってその子くらいだし」

困ったように笑う晶人さん。ヤバイ。つい反応してしまった。

「そうだけど………達也は連れてこないよ」
「ふーん、じゃあその達也くんの友達にでも頼むの?」
「いや」


「じゃあどうするつもりだったの?」


晶人さんの瞳が一瞬鋭く光っているように感じた。


「それは___。まだ、考えてるところ」

でも、それは本当に一瞬で、夢でも見てたのかと思う。




「そっか。無理はしなくていいからね?」




私の知っている晶人さんはあんな凍ったような瞳はしていないから。



「楓」


お弁当を持って嬉々として私の目の前に座った楓が、さらに目を輝かせた。

「なに美香っ⁉」

「えっ………呼んだだけなんだけど」
「なにその漫画みたいな展開。美香イケメンさんだよー」

「どこにイケメン要素があったの?」

その質問に楓はうっとりとした目で手なんか組んで見せる。

「イケメンがねヒロインの名前呼んで、ヒロインがなにって振り返るの。そしたらだよ、呼んでみただけって。きゃー、かっこいいー。ヤバイ。ヤバイよ。ねえ?」

詰め寄るように私の手が握られそうになって慌てて避ける。それに不貞腐れた楓はまた座った。

そんな顔されてもこんなクソ暑い日に手なんか繋ぎたくない。

「美香も漫画読んだらいいのに。面白いよ?良かったら明日持ってくる?」
「ふーん。でも、明日はいいや」

「またそんなこと言って、明後日も断るんでしょ?」

ここでいつもなら頷くところだが今回は違う。


「いや、荷物明後日少ないから明後日借りたいかも」


「えっ!」

「駄目?」
「だっ、駄目じゃない。持ってくる。持ってくるよ!」
「ん。ありがとう」

楓は私がそう言ったことに驚きすぎて、言葉もでないようだった。まあそんな驚きを隠そうともしない楓は扱いやすくて好きだ。

「美香も興味あったんだ………」

「うん。呼んでみただけとか、生産性のない台詞を吐くような人がイケメンなんて、ちょっと気になる」
「生産性?」

楓は小首を傾げたが、私の目線はその前に楓の後ろに立つ人に移っていた。

「無意味つーことだよ。楓」
「あっ、達也くん」

炭酸ジュースを片手にこっちの話に入り込んできた達也。私は無意識に唇を噛んでいた。


正直、達也は今一番この場にいて欲しくない人物だった。




「でも、それを言うなら美香もなんでそんな生産性のない話に食いつくんだよ?イケメンとか………マジで興味あんの?」



ほら、やっぱり。

「JKだから?」
笑って見せるとますます不快そうに達也が眉をひそめる。

ああ、久しぶりに少し面倒事が起きそうな予感。

「だから___将来の夢が金持ちのババアっていう奴が食いつく話じゃねぇって言ってんの」

「金持ちのババアだってイケメンは好きよ………たぶん」

ほら、ただの冗談でしょ。だからお願い達也。笑ってそうだなって言ってよ。


でも、達也は私の気持ちなんておかまいなしに、私の願いとは真逆なことを口にしてしまう。



「じゃあ、美香。俺は?」






バカだ。

達也はモテるくせに何にも分かってない。
ここは教室のど真ん中だ。そんな台詞を私になんか言っちゃいけない。間違ってもそんな顔して言ったらいけないんだよ。


「___達也」

私の退屈で愛しい日常の崩れる音が聞こえた。
随分昔からしていたはずの音なのに、急に大きくなるとやはり驚いてしまう。


そして、惜しくなってしまう。


「なんだよ」
名前を呼んだきり黙った私に臆したようにうつむき、ぶっきらぼうに言う達也。

きっと達也にはこの崩壊の旋律が聞こえていない。

私だって、もうずっと気のせいと思ってきたものだ。

でも、あともう少しだけ時間を欲しいの。
本当に、あとほんの少しでいいから。

だから私はすっとぼけてみせる。

「___自分がイケメンか、なんて聞かないでよ。達也、ナルシストもモテないよ」

本当は分かってる。



達也が聞いたのは“俺はイケメンか”じゃない。“俺は好きか”だ。



でも、仕方ないじゃない。

達也がナルシストだとか、こんなどうでもいい生産性のない話を、この先もずっと達也としていたいんだから。

「なっ、別に俺はイケメンとか自分で思ってるわけじゃねぇよ?ねえけど、なんつーか………だーーー、もういいわ」

「そう?」

不貞腐れたようにそれに頷き返した達也。それを見て、私は誰にも気づかれないようにそっと息を吐く。

達也は決定的な一言は言わなかった。

達也だって、冷静になればこの話が生産性のないものだとちゃんと分かるのだ。



そしてそれと同時に、今日も私はこの日常を壊せなかったのだ。



私と達也はどちらからというわけでもなく、お互いに目をそらした。

「おい、達也。女に油売ってないで体育館でバスケしようぜ」

よく響くその声が居心地の悪い沈黙を破った。きっと達也の仲間だ。私は名前の知らないクラスメートからの声に救われ、少し感謝した。

私がチラッとそちらに目を向けると、数人の男子生徒が制服を着崩して、バスケットボールを片手に笑っている。

達也がそちらを振り返って軽く手を振った。

「んー、ちょい待って。これ飲んじまうからさ」

達也の返事に教室のドアの前で雑談し出した彼ら。


邪魔、だよなぁ。

私はふと楓を見た。案の定お弁当に顔を突っ込まんばかりに顔を伏せてお弁当を猛スピードで食べている。

私はため息をつく代わりに、達也のペットボトルを持った手を引っ張った。


「ねぇ、その炭酸私にちょうだい」





達也が驚いた顔で私を見下ろす。

「炭酸好きだっけ?」
「うん。だから残り全部私にちょうだい」

ペットボトル奪い取ると、達也が顔を真っ赤にしてこちらを見た。

「なに?」
私はただ早く達也にどこかへ行って欲しいだけなのに、何を照れることがあるだろうか。

「いや、だから、コップ持ってんの?」
「は?」

「直接そんまま飲むわけ?」

あー、なるほど。そういうことか。

「飲むよ。だからもう行きな」

平然とした顔でそう返すと、達也は目をそらす。

「おう」

仲間の方へ行く達也は出す手と足が同じだ。私は笑いをかみ殺す。

不意にその仲間の一人が私を見てニヤニヤし出した。
何やら声をひそめて達也に言ってるけど、達也に軽く殴られてその場を後にしていく。

私は頬杖をつきながらそれを見送った。

「………間接キスねえ。楓、飲む?」
私がそう聞くとやっと少し顔を上げた。

「飲まない」
「そう」

頷いて私は達也にもらった炭酸を眺めた。楓の答えは予想していたけど、生憎達也が不審に思った通り、私は炭酸が苦手だ。

暑い今日の太陽に誓って言うが、この世で一番美味しい飲み物は冷たい水だ。

でも、達也はこのペットボトルが空になってないと傷つく。楓も。

私は手の中で弄んでいた炭酸のボトルキャップをあけた。

久しぶりに飲む炭酸はやはり嫌いだった。まあ、コーラじゃなかっただけましだろう。

「美香ちゃん」
「ん?」
「ごめんね」
半分も顔が見えてないけど、どんな表情をしているかくらい見なくても分かる。

「………なんのこと?」

そうすっとぼけた私に楓は答えない。唇を噛んで泣きそうな顔が思い浮かんで、私は無意識に頭をかいた。
楓はこういう時だけ鋭いんだから困る。

考えてみれば、炭酸が苦手だと前に言ったような言ってないような。

定かではない。


私はもう一口炭酸を飲んでみせた。


「言っとくけど、後から飲みたいって言ってもあげないからね。私、最近炭酸に目覚めたから」


「えっ?ほんと……?」

「___私は私のメリットになることしかしないよ」



目の前でしょぼくれた顔をいつまでもされているのも嫌だから、頭を撫でてあげる。一瞬ビックリしたように肩が上がった楓だが、その後は気持ち良さそうにされるがままだ。

せっかく可愛いのに髪が私にグシャグシャにされることを気にもしてない。それどころか、止めないでと言わんばかりに私の手にすり寄ってくる。


ああ、やっぱり楓に嫌われるところなんて一つもない。


私は楓から手を放した。




炭酸はあと一口。
達也や楓との問題に比べたら、炭酸なんて楽勝だ。

「みかー」
「ん?」
「大好き」
くぐもった可愛い声。でも私は心が冷えていくのを感じていた。


その告白に私は答えられないから。


楓が愛しい。それは本当。でも、信じられないくらいに真っ直ぐな楓は、綺麗すぎて自分の汚なさが浮き彫りになって___楓なんかいなければと思ってしまう。

だから、楓は忌み嫌われる。

本当にどうしようもなく、地の底まで堕ちてしまえばいいのにと、そう思ってしまうから。


そして私はその例外___でもなんでもないのだ。


「楓はさ、嫌いな奴いないの?」

そう言った瞬間、楓は勢いよく顔を上げて私をまじまじと見た。


「そういう美香は?」


「え?」
「私は……たぶん分かってるから達也くんを追い返してくれたんだと思うけど、さっきの男子とか嫌いだし、このクラスの女子は怖い。………だから、私達也くんの飲んだのに口はつけれない」

「そっ、そっか」
心臓がどくんどくんと速い。走る鼓動の理由は___知りたくない。



「だけど、美香は誰に対してもそういう感情抱いてないように見える」



違う。


違うよ。


全く違う。

楓はバカだ。またそんな適当なこと言って、そんなわけないじゃん。私は普通の十七歳の女子高生。

そんな神様みたいに誰のことも嫌いにならないわけがないじゃない。

だから__


「そんなことないっ」

意地を張って叫んでしまった。
 

そう。きっとそれだけ。


「……ご、ごめん。美香」

楓は驚きで泣きそうになっている。


嫌だ。泣かないでよ。困るの。


「ごめん、大きな声だして。あー、ほら。私の嫌いな人も教えてあげようか?」

「美香………?」
「私の嫌いな人はさ___」


その時、私を誰かが包み込んだ。


「達也くん⁉」
楓の驚き見開いた瞳の中に、私を後ろから抱きしめた達也がいる。

私はそのまま全てを達也にゆだねてしまいたかった。



だけど、それはもう出来ない。
あの日にそれは卒業したから。



これは本来もう差し出されるはずのない手だから。




「達也放していいよ」


「やだ」
「私、大丈夫だから」
「信用なんねーんだよ」

「達也………ちゃんと楓と話をさせて」

私を抱きしめた達也の手がピクリと動いた。


「__できんのかよ」

「バカにしないで。というか、ただの雑談じゃん」


「………お前らの雑談はクラス全員の興味を引くほどは面白くねーよ」


そう言えば嫌にクラス内が静かだ。
やって、しまった。


「___それ、達也くんのせいだよ」
静かな空間に落ちた笑いを含んだ楓の言葉に私は目を見開いた。

「…確かに」
冷静が完全に戻ってきた。

そう私は楓と熱い話を少ししていただけであって、クラスの全員の目を集めるほどじゃない。

達也が私なんかを抱きしめるからこうなった。

「は?俺は美香を思って___」


「どーも。じゃあ、これ捨ててきて」


後ろを見ずにペットボトルを差し出す。しかしいつまでも達也が受け取らないので、私は仕方なく振り向いた。

「なっ___」
すごく近くに真っ赤な顔をした達也がいてたじろぐ。

「早く捨ててよ」
「やだ」
「なんでもかんでも、やだってねぇ__」


「美香」


達也は私のことなんでも知ってるみたいな顔して言う。



「お前、俺らのこと大好きだよな」



その言葉に楓が嬉しそうに笑った。さっきまで泣きそうだったくせに。

やっぱり二人は自分のご都合主義だ。良いようにしか物事を見ない。

私はそんな二人の瞳を真っ直ぐ見つめ返すことが出来ないというのに。


「………自惚れないで」

やっとのことでそれだけしぼりだすと、二人はやっぱり能天気に笑うのだ。

「はいはい」
「美香ってツンデレだよねー」

二人がそんなことを言い出すから、ほら顔が熱い。ただでさえ、真夏の昼間は暑いというのに。

「デレてない」
私は無駄と分かりながらそう返さずにはいられなかった。

「そーお?達也くん、美香の顔赤くなーい?」

「楓、うるさい」

「ねー、美香」
「なに?」
つい唸るようにそう言った私に楓は天使の微笑みを浮かべている。


「ありがとう」


あー、なんかもういいや。

「なんのこと?」

ため息をつくように出た言葉だったけど、いつもと違うのはそれが幸せのため息に限りなく近いということだった。

というか、幸せが通りすぎて一周回って何だか寂しい。



でもまあ、この二人が私をツンデレとか言うなら、もう少しそのお望み通りでいてみたいと思えるほどのものだった。





その日の放課後、私は美術室に寄らなかった。でも、だからといってアイスクリームを食べようという楓からの誘いに乗ったわけではない。

今日はやらなければいけないことがある。だから、真っ直ぐ帰宅することにしていた。

でも、楓の誘いを断った理由は別のところにある。どちらかと言えば片手にアイスクリームを持った楓が居てくれた方が、助かるような用事だ。断る理由なんてなかった。


でも、それ以上に楓と一緒に居るのは都合が悪い。


第一に、楓は毎日チラシを私に見せつけて行こうと言うが、さすがに毎日アイスクリームは付き合っていられない。そんなことをしたら晶人さんのお金を無駄遣いすることになる。

バイトすればお金なんて気にしなくていいんだろうけど、そんなこと言ったら晶人さんは私に家へ帰ってくるように言うに決まってる。

私はあの家が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。けど、戻りたくはない。

だから都合が悪い。



その時、見たくないものが目に入った。

「………」

それは、公園のベンチにランドセルを放り投げてブランコに乗る男の子と、それを妬ましそうに見ている女の子。

どこにでもいる小学生だと思う。

でも、一瞬でその状況を理解してしまった私は相当なひねくれ屋だ。



そしてこの世のほとんどの人間が相当なひねくれ屋なのかもしれない。


「帰ってからじゃないと遊んじゃいけないんだよ」
女の子が言った。

「ふーん」

男の子は気の無さそうなフリをしているつもりでいるけれど、そんな返事は女の子が言いたいことをちゃんと分かってる証でしかない。

ほら、女の子がまた何か言っている。ブランコを譲られるまでこれは引かないのだろう。

そんな状況だったけど、私はそこに僅かな希望を持っていた。だから、立ち止まったまま、二人の様子を見守った。

やがて根負けしたような男の子がブランコをおりた。帰るのかと思えば今来たらしい友達と共に鬼ごっこを始める。

でも、そんなことはどうでも良かった。



私はブランコに乗った女の子を、メチャクチャにしてしまいたかった。



そうすれば、このすべてに対する絶望を取り除けるということでもないというのに。


「なんでっ、なんでランドセル投げつけて帰れってもう一回言ってくれないの?」


気がついたら呟いていた私の心はどうしようもない絶望に染まっていた。

なんで。
繰り返し呟く私の唇は止まらない。

答えを私は知っていた。男の子もきっとそう。だから女の子に友達が来るまでブランコを譲らなかったんだから。

女の子は自分がブランコに乗りたいから、一旦家に帰ってから遊ぶというルールを無視して、寄り道してブランコを占領している男の子を叱ったのだ。

そしてそれを分かってたから、男の子もブランコを下りる必要がないと思った。

もし、私がひねくれ屋でなかったのなら、男の子を賢いと思わないんだろう。

自分の願望を叶えるための正論をぶつけた女の子を汚いと思わないんだろう。




でも、一番思うのは一つ。

もし、私が綺麗な人間だったなら、こんなことに絶望したりしない。