あどけなさの残る顔で、何度も大人を負かしてきた自分の主が、そこにはいた。
自分のこの世で一番大切なその人。
そんな人にこんなむき出しの刃を向けるのは心が痛い。
正直、これが正しいかも分からない。
でも、自分しか言えないことならば、どんなに嫌われようと言ってみるべきなのかもしれない。
本当にこの世で一番大切だというのなら。
自分は猫の振りをした犬。
忠犬は大人しく、主に裏切られようとも恩は忘れない。
主を思いっきり噛んででも、その泥沼から助け出す。
それが犬だ。
自分の口はそうやって、動いた。
「ご自分のことが好きですか?」
主がどう答えるかなんて知っていた。
だけど、それを口にさせることに意味があるのだ。
「なんだよそれ」
答えに渋る主を、力を込めてミラー越しに見つめた。
やがて、諦めたように当たり前のこととして、主は言う。
「僕は僕以外好きじゃないよ」
予想と一言一句変わらないその台詞を。
まるで、それがどんなに悲しい台詞か理解していないかのように。