泣いている俺の後ろで、ここに向かって歩いてくる足音が聞こえた。


まさか由姫だろうかと身構えていると、現れたのは由姫ではなくなぜか見覚えのあるおばあさんだった。


杖をつき、足をひきずりながらこちらに向かってくる。


誰だろうとしばらく記憶をたどっていると、ふいに思い出した。


由姫のお世話になっている家の主人で、由姫を奴隷のように扱っていた人だ。


当時は、いいぞ、やってやれ、と影で応援してたけど。


あまりいい印象はなく警戒してその人を見ていると、その人はじいちゃんとばあちゃんに軽く頭を下げた。


2人は同じように会釈し、じいちゃんが先に口を開いた。


「こうやって話すのは久しぶりやねえ。なあ山田さん」


じいちゃんが力なく笑うと、山田さんと呼ばれたその人も同じような笑い方をして頷いた。


でも今となって考えると、うちのじいちゃんとばあちゃんはこんなに近所なのに由姫の住んでいたあの家のことは見えていないように振る舞っていた。


この島の中なら、どんなに家が離れていようと親友のように仲がいいのにあれは明らかにおかしかった。


どうして俺は変だと今まで気づかなかったんだろう。


じいちゃんは久しぶりと言った。


何かがあったのだろうか。


「あんたたちがここに入っていくのが見えてね、追いかけてきてしまった。ずっと謝らないかんと思いよった。あの時は親戚がみなさんの大切な家族の命を奪って、それを知っていたにも関わらずうちはその事実を隠して、謝ろうともせんやった。本当に申し訳なかった」


深く頭を下げる山田さんを見て俺は戸惑っていたが、ばあちゃんは耐えきれないといった感じで山田さんに近づきその背中をさすった。


「うちもあんたがあの事件の犯人の遠い親戚って知ってから、あんたのこと悪く考えてしまった。
なんで謝りにも来ず、知らんぷりしよるとって。
誰よりも正義感の強くて、義理堅いあんたが何の考えもなしにそんなことするはずないのにねえ。
あんたは陸玖のことば考えてくれとったとやろ?
この島で新しく生活を始める陸玖にとっては、たとえ遠い親戚だったとしても犯人の関係者がおったらそれは事件を思い出す火種になりうるとか考えたとやろ?」


ばあちゃんがそう聞くと山田さんは何も言わずにうつむいていた。


それはきっと肯定の意ととれるだろう。


山田さんの判断は確かに的を得ている。


事件の起きた土地から逃げ出してきたのに、この島にまで事件の関係者がいたら俺はまたあの幻聴が聞こえていたかもしれない。


知らないうちに俺はこの人に守られていたのかもしれない。


「うちらとの関係まで切って、それどころか外にも出らんで家にこもってから。
お喋りが大好きなあんたにとっては苦痛でなかったろうに本当に無理させた。
悪かった」


何も答えない山田さんにばあちゃんがそう言って謝ると、山田さんは慌てたように首を振った。