不意に、善兄の骨ばった手がこちらに迫ってきた。


判断力が欠落したせいで、避けられない。



善兄は後ろに結んでいた髪に優しく触り、毛先にキスをした。



ぞわり、身の毛がよだつ。

なんで、身体は、動いてくれないの。



「大好きだよ、幸珀」



耳を塞ぎたくても、できなかった。



恐ろしいほど美しく微笑んでいる姿を、雨と涙がぼやけさせてくれた。


目尻から流れ落ちた雫は、雨なのか涙なのかわからなかった。




「またね」



善兄が、グラウンドから去って行く。


私はしばらくの間、雨に打たれたままだった。



荒みきった心には、雨粒ひとつでさえ鉛のように感じられた。


だけど、キスの跡を洗ってくれているようで、心地よかった。